ピート・キャロルへの手紙8

ゴール前3ヤードにボールが置きながら
レフリーがジェイクに囁いた。
「ボールはここにあるからね」
「ありがとう」
審判からの善意の言葉に礼を述べたジェイクは
腰をかがめて両手を地面につけた。
フットボール・ポジションを取りながら
右手でボールを探りあてた。


スタンドのジェイク・コールは収まったが
大きな歓声が鳴り響いていた。
USCの8人の選手は、ジェイクの横に並んでプレーに備えた。
ジェイクの7ヤード後方では、ホルダーのシュミットが
片膝をついてジェイクからのボールを
受け止める姿勢をとった。
キッカーのチュース・マグラスは、
キックの助走に必要な距離を確保するため
シュミットの位置からさらに3ヤードほど
後ろに下がった位置についた。


エスタン・ミシガン大の選手の11人も
ゴール前1ヤード付近で構えた。
しかし、彼らはこれから行われるキックを
止めようとはしていなかった。
すでに彼らは全力を尽くして戦ったこの試合が
敗北することを悟っていた。
点差に関係なく時間のあるかぎり、
力を振り絞ることを常としている彼らだが
ジェイクのプレーが成功することを祈っていた。


ジェイクが右手の指をボールの縫い目にかけて静止した。
レフリーがその様子を確認して笛を吹いた。
「レディ・フォー・プレー」


観客席では、ジェイクの両親、ブライアンとシンディが
フィールドを見つめていた。



シュミットが「セット、ダウン」のコールから
1秒の間をおいてスナップの
タイミングカウントを始めた。
「ハット、ハット・・・・・・」
ジェイクは、「ハット」の声が届くや否や
右手で握ったボールを股間から後方に放った。
ジェイクは緊張から手首のスナップを
いつもよりわずかに強く効かせてしまった。
そのためボールの回転が多く、ボールがやや右にそれた。


予想より右にずれたジェイクのロング・スナップを
シュミットは、何事もなかったように
キャッチして、コンマ数秒で芝生のキックポイントに
ボールを右手でホールドした。
チュース・マグラスは、いつもと同じように
右足で、シュミットがホールドしたボールを蹴り抜いた。
45度の角度で上昇したボールは
ゴールライン付近で対峙した両軍の選手の上を越え、
2本のゴールポストの間を通過し
ネットに突き刺さった。
ポストの下にいたバックジャッジと
フィールドジャッジの二人の審判が両手を高くあげた。


「キック グッド USC!」
キックの成功を告げるアナウスがコロシアムに流れた。
ジェイクは自分のロング・スナップが
無事にシュミットに届いたことを知った。
彼は、喜ぶより緊張から解放されたことで安堵感に満たされた。
全ての観客が立ちあがって拍手した。
シンディも飛び跳ねながら手をたたいて喜び
ブライアンに抱きついた。



USCが、このゲームの最後に追加した得点は
1点に過ぎないが、貴重な追加点であった。
盲目のプレーヤーがNCAA史上初めてのプレーしたことを
刻む得点となった。