ウィスキーとフットボール

チームに新しい選手が入ったことで
別のチームのように強くなることがままある。
そうした変化を化学反応に準えて
ケミストリーと呼ぶ。
今回の女子サッカー五輪予選において
なでしこジャパンにそうしたケミストリーは
起きなかったようだ。


五輪出場を逃したチームについて
様々な敗因を取りざたされている。
監督と選手の距離が遠かった、
若手が馴染めない雰囲気があった、等々。
中には醜聞めいてた記事すら配信されており
世界でも強豪に数えられるチームを
リスペクトしているとは
言いがたい記事がいくつか目についた。


強くなった故の有名税といってしまえば
それまでだが、冬の女子リーグ時代を
必死に支えた多くの女子選手の
健気さを思えば、居たたまれない気持ちになる。
ドイツでの優勝以降、
世間の耳目を急激に集めた女子選手らに
代表にしろ、なでしこリーグにしろ
どこか無理に背伸びしているような危うい印象を
感じていた。


完成されたチームを弄れなくなり
敗北を喫するー勝負の世界では
ごくありふれた話である。
ドイツ以降もロンドン五輪
カナダワールドカップ
なでしこは準優勝の成果を収めた。
それを失敗と捉えるのは難しいが
少なくてもカナダで
明白になりつつあった崩壊の萌芽に
必要な修正を施すべきであった。


カナダでのワールドカップ
劣勢のなか、少ないチャンスをものにして
ようやく勝利をもぎとる薄氷の勝利の連続は
勝負強さでものにしたというより
運が味方しただけの試合、
というのが率直な感想だった。


巷でいわれているように
世代交代の必要性は監督や選手自身が
一番感じていたことだろう。
しかし、それを阻んだのはチームとしての
完成度の高さと
長年マイナースポーツの地位に甘んじてきたゆえの
選手層の薄さだったというのも
巷間でいわれているとおりである。


さて、昨年、にわかに注目を浴びた日本ラグビー
なでしこの同じ轍を踏むか、
それとも新しいケミストリーを起こして
世界と日本を驚かせるか
別府氏のコラムを読みながら
四年後に思いを馳せる。








【日曜に書く】さまざまな個性をどうブレンドするか ウイスキーとフットボールの共通点 論説委員・別府育郎 - 産経ニュース

さまざまな個性をどうブレンドするか ウイスキーフットボールの共通点 論説委員・別府育郎


 サントリーで長くチーフブレンダーを務めた輿水(こしみず)精一さんを訪ねて、京都で飲んだ。ウイスキー名人の話を肴(さかな)に飲む。これほどのぜいたくはあるまい。

 欧州で数々の権威ある賞を獲得した「山崎」のシリーズは、大阪・山崎蒸留所のモルト(大麦麦芽だけによる原酒)のみで造られたシングルモルトウイスキーだ。ただし、山崎蒸留所だけでも木樽(だる)とステンレスの発酵櫓があり、大きさも形状も違う蒸留釜がある。バーレル、シェリー、ミズナラなど数種の個性が異なる樽があり、それぞれ熟成年数も違う。


 数十万樽の原酒の無限に近い組み合わせを試行錯誤し、品質の維持、進化に努め、新商品も開発する。伝統の番人であり、味覚の開拓者でもある。それがブレンダーの仕事だ。

 熟練の記憶から個性を響き合わせても予想は裏切られることがある。一滴垂らした原酒が思いもよらない味と香りを生むこともある。輿水さんはその仕事を絵画に例えた。手持ちの絵の具を使ってどう一枚のキャンバスに作品を描くか。または学級の運営にも似るという。


 「優等生ばかりでは無難にまとまって味が細くなる。幅や奥行きがでません。やんちゃな個性を、どう生かすか」



 ◆劇的逆転


 昨秋のラグビーW杯を連想していた。劇的逆転勝利の南アフリカ戦。残り時間はなく、3点差でのペナルティー五郎丸歩がゴールを狙えば同点は堅い。だが木津武士は「同点じゃ歴史は変わらない」と口にし、トンプソンルークが「歴史変えるの、誰」と叫ぶ。FW陣は「俺たちだ」と声をそろえた。

 主将のリーチマイケルがスクラムを選択し、世界が興奮した逆転トライにつながる。密集から左へ、中央に、そして右隅へと、リーチは連続攻撃の中で3度も突破役を務め、倒れた。


 後半に投入されたアマナキ・レレイ・マフィは右へ右へと移動する密集を左サイドで見送った。一番元気なマフィが密集を追うべきで、ボールが再び左へ戻る確信などなかったはずだが、右隅の密集でかき出されたボールは、立川理道の飛ばしパスでマフィに納まった。

 マフィの強烈なハンドオフで弾(はじ)き飛ばされた南アのクリエルがポラードと接触し、大外のJPピーターセンが慌てて振り向く。1プレーで3人の足を止めたマフィは左にカーン・ヘスケスを余らせ、歓喜のトライは左隅で生まれた。


 チームを支えたのは、リーチやルーク、大野均に代表される「飽くなき献身」である。マフィの粗削りで奔放なプレーは明らかに異質だった。

 いわゆる「不良原酒」を生かすには、これをマスクする本体の実力こそが大事という。南ア戦の日本代表が最高のブレンド酒に思えてくるのだった。



 ◆なでしこ


 東日本大震災があった2011年、ドイツで開催されたサッカーの女子W杯で「なでしこ」が優勝したとき、別のコラムにこう書いた。

 「全員が同じ方向を向く組織は強い。一層の強さを求めるなら、誰か一人、違う景色を見ていると、さらにいい」


 皆に同一方向を向かせたのは澤穂希の強烈なキャプテンシーであり、一人違う景色を見ているように映ったのは、意外性に富むパスで敵を翻弄し続けた、宮間あやだった。

 引退した澤不在で臨んだリオデジャネイロ五輪予選で、なでしこは敗れた。澤の代役は宮間が懸命に務めたが、チームの幹となることにより、自由な個性を失った。そして宮間の代わりはいなかった。輿水さんの言葉を借りれば、チームが細くなってしまったようにみえた。


 個々の原酒には旬があり、組み合わせで生かされることも、その逆もある。ドイツW杯を制し、ロンドン五輪で銀メダルに導いた熟練の名将でさえ、裏切られることはある。


 ◆ひれ酒


 名人の話の引き出しはどこまでも豊富でスポーツに限らず、全ての組織論や万象に応用できそうに思えてくる。魅惑の琥珀(こはく)色は人を気宇壮大にさせるのだろう。決して本稿を飲みながら書いたわけではないが。

 輿水さんは今、京都の和食の冒険者らとともに、新たな「和イスキー」のあり方を模索している。「ウイスキーのひれ酒を飲んだことがありますか」と聞かれた。もちろん、ない。これがなかなかいけるのだという。どんな工夫が凝らされているのか。行く道は奥深い。(べっぷ いくろう)