川の深さは

質問
あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?*1

  1. 足首まで
  2. 膝まで
  3. 腰まで
  4. 肩まで


第43回江戸川乱歩賞最終選考に残った福井晴敏の「川の深さは」*2を読む時
後に「Twelve Y.O.」「亡国のイージス」でミリタリースリラーを展開して唸らせた
同作家のひな形を見ることができる。


世紀末思想に取り憑かれ、それを自ら実行した宗教団体のあの"事件"の暗部に
警視庁、防衛庁、CIA、朝鮮総連を絡ませて登場人物を動かすプロットを
巧みな筆致でまとめあげる書きっぷりは
後の作品同様、この作家の力量が並でないことを示しており、
選考員だった大沢在昌がファンになったというのも頷ける話である。


冒頭の「川の深さ」の質問は、作品中に引用されている心理テストであるが、
その"川の深さ"が物語を貫くキーワードとなって存在している。
登場人物に次々と押し寄せる困難を川の水に喩え小説を展開する一方で
財政逼迫による戦力削減を、脅威の消失というおためごかしで飾るこの国の
為政者らの怠慢や無責任さを"分解不能の毒素を孕み袋小路に陥った流れ"と直喩し
それら流れに喩えた深さの異なる多くの"川"が、感情と理性を飲み込み、
大海に向かって一気に注ぎ込むエンディングは圧巻の一言に尽きる。


話はややそれるが、この物語の出発点となった"事件"を起こした連中は、
意外とこの国の本流である泥流に飽いた"流れ"だったかも知れない。
だが、どんな高邁な思想であろうとも独善的な理論で固め、思考を放棄し歩みを止めることは
水溜まりの水に等しく、どんな清流でもやがては腐る。
それを愚かと云うのはやさしいが、
社会や国に対して斜に構え、傷つかなように生きる人間に
目の前の汚泥に目を瞑り流れに飲み込まれよしとしている者に笑う資格はなく
それよりも、日々芥にまみれ、澱み、時にせき止めながらも、
終着点を目指して流れるところに希望を見いだすことが重要であることを
この小説は諭しているように思える。



以上、河よりも長くゆるやかに生きているが、暴走注意の中年男の感想文である。



川の深さは (講談社文庫)

川の深さは (講談社文庫)

*1:回答 1.情熱のない人 2.情熱はあるが理性が先立つ人 3.精力的で一生懸命、バランスがとれた人 4.情熱過多、暴走注意

*2:亡国のイージス」刊行の後、加筆して出版