ウルトラダラー

ウルトラ・ダラー


chiffonこと洛芭さんのコメントにあったので
近くの本屋で発見し、立ち読み。


主人公はBBC日本特派員、スティーブン・ブラッドレー。
日本語が堪能な上に、
浮世絵や篠笛など日本文化に造形が深い若いイギリス人には、
特派員という表の顔とは別に、もう一つの顔があった。
"何か"あったとき、本国からの指令を受けて動く草(諜報員)スリーパーという貌が。



米の百ドル紙幣の新偽札ウルトラダラーアイルランドで発見されたことから物語が始まる。
この情報をキャッチしたスティーブンは、
大学時代の旧友にしてアメリカの偽札ハンター、コリンズと連絡をとり
偽札の経路を追いかける。
独自のコネで、官房副長官高遠、外務省アジア太平洋局長滝澤と接触
インタビューを試みたり
偽札検知機のメーカーや、ICチップを研究している研究者を洗い
偽札を作っているのが"寒い国"(北朝鮮)であることを突き止める。
北朝鮮の目的は一体何か。
米国の失墜を狙った通貨テロなのか。
折しも、ウクライナから核搭載可能なミサイルが、中国へ向けて
非公式ながら売却されようとしていた。
ミサイルと北の関係は、そして裏で動く中国は何を。
混迷の度を深めながら物語は一気にクライマックスへ向かっていく。


作者は、NHKの元ワシントン支局員ということで
かなり諜報(インテリジェンス)に精通しており、
情報と諜報の違いを巧みに使い分けていた。
勿論、メディアが流す情報も諜報活動の一つとして行われる場合があり
両者の違いは素人目には分からない。
そうした情報にできない様々な"諜報"に接触してきた作者だからこそ
執筆できた物語ではないだろうか。


作中に登場した頭のキレる女性官房副長官など思い当たる節はないが
北朝鮮寄りの発言を繰り返したアジア太平洋局長などは
すぐに推測ができる。
実在のモデルや実際の事件を随所にちりばめ
読者の興味を惹きつつ
フィクションとノベルの境界線をぼかしているのが
この小説の魅力ではないかと思う。


とってつけたような主人公と日本女性・麻子とのロマンスは
ご都合主義的で不要なような気もするが
物語の伏線として使っていることに考慮して目を瞑れば
エンターティメント小説としては傑作の部類に入るのではいだろうか。
ただ哀しいかな、題材がメディアが扱う情報の範囲に収まっている感があり
フリーマントルフォーサイスの諜報小説に比較すると
格が落ちるのは否めない。