なんかえらい場違いみたいなとこさきちまっただなぁ。
ここは俺みてぇな人間が来ていいところじゃねぇ。
三味線さ弾いて名前もきいたこともねぇえらい先生さ誉められるようなって
ギャラだとかいって思いがけね銭っこばもらうようになったけど
俺やっぱり俺でしかね
せっかく誘ってくれた粟田のお嬢には悪ぃども
やっばり今日の弾き、勘弁させてもらうべ。
俺みてぇな人間が女王ば呼ばれる人と同じ舞台に立っていい筈がねぇ。
俺そう思って、ステージの準備ばしてはった粟田のお嬢の控え室さ尋ねた。
「お嬢」
「何、竹田さん」
粟田のお嬢は、綺麗な衣装さまとっていてまぶしいくらいキラキラしてた。
この人とは故郷は一緒かもしれねぇが、俺と同じ場所に居ていい人だばねぇ。
怒るかもしれねが、何といわれても断らなければまいね。
人には身分によって越えてはならねぇ立場があって
それを破っちゃなんねぇとお父よく言ってた。
「やめます」
「何を」
「今日の舞台さ、やっぱり俺、お嬢と同じ舞台さ立つことできね」
それまで微笑みを浮かべていたお嬢の顔が変わった。
俺お嬢になじられる覚悟ばした。
「竹田さん、何いってるの。今更キャンセルできる訳ないでしょ」
今日のステージの打ち合わせさしていたお嬢のマネージャーが
えらい剣幕で俺詰め寄った。
「申し訳ね」
「竹田さん、あなた契約書にサインしたでしょ。
ギャラ返しただけじゃ済まないのよ、キャンセル料も馬鹿にならない金額なのよ」
銭金の問題でねぇ、と俺は思った。
「私と一緒なのが嫌なの」
それまでマネジャーと俺のやりとりを黙って聞いていたお嬢が訊ねた。
「違」
俺かぶりを振った。
「だったら何故」
「今日の舞台さ穴あけて、お嬢にいくら損させるかわがらねだども
あとで全部銭っこば払わさせてもらいます」
「お金の話はどうでもいいわ」
「……」
「理由を聞かせて」
お嬢はまっすぐ俺の顔さ見た。
俺申し訳ねぐて顔さ下向けた。
大きく深呼吸して腹さ力入れて、顔上げてた。
「俺、卑しい門付けだんず。乞食みてぇなもんだんず
お嬢は覚えてねがもしれねが、お嬢が小ちぇ頃粟田の呉服屋にもいってました。
粟田の旦那さんには、いっぺぇ心付けはずんでもらってとても嬉しがった。
そんな俺が、粟田のお嬢と一緒の舞台さ立つことがあってはならね。
俺、他人より少し三味線ば上手いかも知れね。
でも、たったそれだけで俺がお嬢と同じところさいていい理由にはならねじゃ。
俺は学校さ行ってねども、分を越えたことしてばまいねって
お父に教わった。俺馬鹿けど
やってばまいねことばできね」
俺は一気にしゃべりたてた。
それだけ言うと、もう申し訳ねぐてお嬢の顔さ見ることができなかった。
お嬢は黙ってた。俺は申し訳ねぐて申し訳ねぐて
堪忍してけれ、そればっかり繰り返した。
そしてお嬢は下さ向いて謝るばっかの俺の手さ握った。
俺びっくりして、思わずお嬢の顔さ見た。
その時お嬢が俺にみせた顔は今も忘れねえ
あんなやさしくてめんこい人がこんな怖い顔できるのかと信じらんねぇくらいだった。
「竹田さん。そっだらこというでね。
俺だって、唄さ歌って銭こもらう乞食だ。一緒だ。」
俺が思いがけね言葉に唖然とした。
何もお嬢に言うことができなかった。
「今みてぇなこと二度と口したらまいね。
俺竹田さんの音さとっても好きだ。その俺が云う。
竹田さんの三味線は日本一だ。
だから総理大臣にだって、陛下にだって文句は言わせね。
胸ば張ってステージさ立ってけれじゃ」
お嬢はまた元のめんごくてやさしい顔に戻った。
そしてお嬢のまなごから涙がこぼれて落ぢた。
俺、その言葉を聞いた時頭さ、がつんと殴られたよう気分になった。
俺もわらしっこのように泣いた。
お嬢の膝にすがって泣いた。