novel

ソウちゃんとタケちゃんの夢7

レースの後、夕闇がアデレードを包むころ、市内の日本料理店で、会社スタッフによる宴が開かれた。創業者のオヤジを迎えて、四輪世界最高峰のレースでチャンピオンとなったことを祝うことを前提として事前に予約がされていたものだった。 レース序盤でネルソ…

ソウちゃんとタケちゃんの夢6

「ナイジェルの燃料は大丈夫か?」ヨシはピットクルーに尋ねた。 「はい、このペースであれば5リッター以上残ります」 昭和61年11月オーストラリア、アデレード。この年は、最高峰レースのチャンピオンシップは混戦となり、ドライバーズ部門は最終戦まで決定…

ソウちゃんとタケちゃんの夢5

「ヨシさん、どうします?」会議に陪席していた後輩のスタッフが尋ねた。 「アニキの気の変わるのを待っていたら、シーズンが終わる。とりあえず設計を進めて試作品を作っておこう。テストや実車への搭載は作りながら考えよう」 「そんなことしていいんです…

ソウちゃんとタケちゃんの夢4

「ヨシ、もう一遍いってみろ」 「ノブのアニキの作ったエンジンは古いといったんです」 アニキの目が大きく見開いていた。ヨシはノブが本気で怒っていることが分かった。 昭和60年2月、世界一を目指して四輪のフォミュラーレース最高峰に挑んでいた会社は壁…

ソウちゃんとタケちゃんの夢3

「ソウちゃん、世界を目指そうよ」オジキの言葉を続けた。 「……」オヤジは目を瞑った。 「会社にはでっかい夢が必要なんだよ。うちの会社には技術もある、日本に貢献するというソウちゃんが掲げたぶっとい芯もある。あとは大きな目標があれば、会社はまだま…

ソウちゃんとタケちゃんの夢2

会社のただならぬ様子にオヤジも気づいていたが、経営に関して何もオジキに注文を付けなかった。「任せるといった以上、潰れようと無一文になろうとその結果を受け入れるのが筋だ。」といって、エンジン・トラブルの原因追及や商品の改良だけにかかりっきり…

ソウちゃんとタケちゃんの夢1

「ソウちゃん、マン島に行って来いよ」 「タケちゃん、何言ってるんだ、こんな時に」 ソウちゃんと呼ばれた社長は、差し出された銚子を猪口で受けながら、ふられた話を軽く流そうとしたが専務のタケちゃんはもう一度、マン島を口にした。「こんな時だからい…

こんな世界の最果てででも

私は防護衣に 我愛大冪冪(ヤン・ミー大好き)とマジックで 書いてもらって、戦友達と写真を撮る。 日常から切り離された場所にいるが 私がまだ生きていることを全世界に告げる。 頑張れ!私!! いつもそうやって自分を私は励ます。 気力を失えば、すぐにや…

人生は回転木馬~ユルネバと少年A~

1 夏の兆しがみえ始めた5月の晴れた火曜日 少年Aは、その場所にやってきた。 どこか暗い印象をあたえる彼の瞳に わずかだが明るい光が差した。彼が小学生の頃、憧れたプロサッカーチームの クラブハウスがそこにはあった。 「おい、こっちだ」 少年Aは、引率…

ピート・キャロルへの手紙9

試合は、ジェイクがロング・スナッパーとして 参加したキックによる得点が 最後のスコアとなった。 49-31でUSCが、ウエスト・ミシンガン大に勝利した。 試合終了をつげるホイッスルが鳴り、 ジェィクはチームメートから再び祝福された。 「グッド・ジョブ、…

ピート・キャロルへの手紙8

ゴール前3ヤードにボールが置きながら レフリーがジェイクに囁いた。 「ボールはここにあるからね」 「ありがとう」 審判からの善意の言葉に礼を述べたジェイクは 腰をかがめて両手を地面につけた。 フットボール・ポジションを取りながら 右手でボールを探…

ピート・キャロルへの手紙7

ジェイク・オルソンは、 同じ学年のホルダー、 シュミットの肩に触れながら走り、 喜びをかみしめていた。 入部が許された2年前、彼はクレイにこう言われた。 「入部は許可する。ただし、 このチームは実力のある者しか出場させない」 ジェイクは、コーチの…

ピート・キャロルへの手紙6

2017年9月最初の土曜日 ロサンゼルス・コロシアム 快晴の天気だったが、 クレイ・ヘルトンは、苦虫を潰したような顔をしていた。 「なかなか、粘るな」 2017年シーズン開幕戦、 ローズボウルを目指すUSCトロージャンズとしては 何がなんでも落とせない試合だ…

ピート・キャロルへの手紙5

親愛なるシーホークス、ピート・キャロル監督 以前お世話になった、ブライアン・オルソンです。 ご無沙汰して申し訳ありません 監督の御活躍は、いつもTVを通じて 拝見しております。 それにしても今年のスーパーボウルは、残念でした。 二連覇まであと僅か…

ピート・キャロルへの手紙4

「はじめまして、ジェイク・オルソンです。 トロージャンズのファンです。」 トロージャンズの練習場に立った12歳の少年は、 アメフトの防具を装着した青年らを前に 精一杯の大きな声をだした。 練習前、笑みなど決してみせないことを 躾けられた戦士達では…

ピート・キャロルへの手紙3

6月のある日、ピート・キャロルは チーム・ミーティングの場で 選手を前に、ブライアン・オルソンの手紙を 読み上げた。 オルソン親子の存在を知った選手らは 口々に述べた。 「監督、お願いします、 どうかそのファンの親子を招待して下さい」と。 ピート・…

ピート・キャロルへの手紙2

親愛なるUSCトロージャンズ、ピーター・キャロル監督 私は、USC出身にして、 フットボールチーム・トロージャンズのファン、 ブライアン・オルソンと申します。 今期のリーグ戦パシフィック12における キャロル監督の采配を楽しみにしております。 さて不躾…

ピート・キャロルへの手紙

父ブライアンは息子ジェイクに残酷な知らせを 告げなければならなかった。 『網膜芽細胞腫』 その病気は、息子の残った右目を 奪うことを意味した。 すでに息子は生後10ヶ月で左目を 『網膜芽細胞腫』で摘出していた。 ジェイクは、わずか12歳で両目から光を…

スタンバイミー

If the sky that we look upon Should tumble and fall And the mountains should crumble to the sea I won't cry, I won't cry, no I won't shed a tear Just as long as you stand, stand by me お父さん、お母さん 私が見えますか。 避難所はとても寒い…

ジョバンニの嘘

男は、災禍のあとに立っていた。 かつては地方の名刹だったはずの場所は かつての面影を失い、廃屋同然となり 文化財に指定されてたいた仏像は、 津波で流されたかあるいは盗難の憂き目にあったのか、 消え失せていた。 体を凍り付くような冷たい風を浴びつ…

恨み

米軍のヘリが避難所にやってきた。 いっぱい、いっぱい食料を持ってやってきた。 避難所にいたみんなが感謝の言葉を口にした。 そんな中で差し出された食料を前にじっとしている 爺がいた。 爺は、60年前の戦争で、親兄弟が空襲で殺されて 家が焼かれて以来…

凍てつく寒い夜

凍てつくさむい夜 避難所の灯り以外、闇を照らすものは春の星しかなかった。 「じいちゃん、あの星は何て言うの」 中学生の孫に答えた。 「あれは、双子座のポルックスだよ」 孫は星にまつわる話が大好きだった。 星が輝いている空の下には、漆黒に塗りつぶ…

チャン族の少女

私は北川県に住む小学生だ。 遊牧民「羌」の末裔と云われているチャン族で今年に9歳になる。 今月の12日まで父と母、兄と弟と一緒に暮らしていた。 隣に住んでいたおじさんに連れられて 錦陽市の体育館の避難所暮らしになって6回目の朝を迎えた。 あの地震か…

ホームランキングへの手紙

「マスコミなんて、どこの国だって一緒だよ」 ボブは、ちょっと訛りのある早口で用具係りの俺をまくしたてた。 「どうしてだい?ボブ」 「奴らは奴らにとって都合のいい事実しか報道しない」 大記録のプレッシャーからか、彼はかなりに神経質になってるようだ…

空の勇者

私がその勇者とあったのは昭和40年の始めだったと記憶している。 警視庁警備係第一課長になる少し前のことだった。 正確な日付は忘れたが、そのときの光景は今もはっきり覚えている。 「佐々木さん。私はこういう者です」 私は、目の前中肉中背の礼儀正しい…

じょっぱり

なんかえらい場違いみたいなとこさきちまっただなぁ。 ここは俺わみてぇな人間が来ていいところじゃねぇ。 三味線さ弾いて名前もきいたこともねぇえらい先生さ誉められるようなって ギャラだとかいって思いがけね銭っこばもらうようになったけど 俺わやっぱ…

日出づる国2

(2) 「おい、タカダ。ここに書いた資材をを中学校へ届けてくれ」 30分で花屋をクビになった後、私は幸運にも資材の配達会社で仕事をみつけた。 「わかった。昼前までには配達しておくよ。」 私は、オーナーがとってきた注文書をめくり内容を確認した。 …

日出づる国1

(序) 「敗戦国民のくせに」 そう言われると私は何も言い返すことができなかった。目頭が不意に熱くなった。 私は目から涙をこぼすまいと強く唇をかみしめた。 そして、あらん限りの力で右の拳を固め、 目の前にいた底意地の悪い雇用主をぶん殴った。 その…

ツウの恩返し2

「そのツウもね、ここのリビングにいてテレビが吹っ飛んだ台の下でガタガタ震えていたの。」 「よっぽど怖かったのね」 「私だって怖かったわ」 「そうね、私も死ぬかと思ったし、そのあとも覚悟を決めたことが何度かあったわ」 ツウがテレビの下であくびを…

ツウの恩返し1

明け方の五時過ぎツウが私の布団に乗ってきた。 「ん。もう五時か」私はいつものように目を覚ました。 「何、ずいぶん早いのね」となりで寝ていた智美が恨みがましい声で文句を言った。 彼女は私が高校の頃からの友人だ。四年前関東に嫁いで以来久しぶりに神…