恋歌

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君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ

比較的裕福な商家に生まれ、縁あって水戸家藩士に嫁ぎ、
時代の荒波に翻弄されながらも、生き延び、
歌人として身を立て、
私塾・萩の舎にて多くの女子を歌を教え、
樋口一葉の師でもあった中島歌子の半生を題材とした
朝井まかての作品

自身、茨城の地で生を受けて半世紀になるが
郷土で興きた水戸学なるものをしらず、
己の蒙を啓こうと藤田東湖について調べていると
幕末における水戸藩の凄惨な歴史にたどりついた。


人々を尊王攘夷へと駆り立てる背景ともなった水戸学
藤田東湖の回天詩史と正気歌は志士ら奮い立たせたにも関わらず
幕末から維新にかけて、志士を多く輩出した雄藩と違い
水戸藩桜田門外の変以降、表舞台に立つ人材が現われることはなかった、

地震藤田東湖という精神的支柱を失った故の不運ゆえかと
ながらく思い込んでいたが、実はそうではなかった。
東湖なきあと、水戸学を奉じて成り上がった天狗党
その天狗党が重用されたことによって
冷遇された諸生党の対立が
あまりにも陰湿で生臭く、その苛烈さゆえに
人材が底をついたというのが理由だったのである。

あまりにも惨たらしい救いのない戦いの渦中にいやおうなく
巻き込まれたのが林家に嫁いだ登世(中島歌子)だった。
御三家の格式を保つため、また光圀が始めた大日本史を編むために
貧しい暮らしを余儀なくされた藩士と領民ー
貧すれば鈍するとはいうものの、
ただ貧しいというだけで、人はここまで荒むものかと
目を覆いたくなる愚行の繰り返し。

無知と貧困がなくならないかぎり
争いがなくなることはないのが人の世なのか、と
呟かずにはいられない苦しい物語である。