天才の思考

日本を代表するアニメ作家、宮崎駿高畑勲
手がけたアニメの制作現場と興業の裏方譚を
スタジオジブリ代表取締役鈴木敏夫氏が語り
書籍の形でまとめたものである。

一読すると鈴木氏は
雑誌の取材から宮崎と高畑と出会ったことで
自堕落とワークホリックの二人の天才による
難行苦行に巻き込まれ、
さらにその二人の間で翻弄される、
とてつもない不運な人との錯覚を覚える。
しかし、
互いの才能をリスペクトして嫉妬するという
複雑に絡み合った宮崎と高畑の愛憎と確執、
それぞれの作品へのこだわりを
上手くいなしては、製作の情熱に転化させつつ、
多くのスタッフと関係者を巻き込んでは、
盛大に仕事を転がし、作品を完成させる荒業で
成功を収めてきた鈴木氏は
決して不運な被害者や犠牲者の類いではなく、
確信犯であり、二人の共犯者側の人間だろう。

そして、筆舌に尽くせぬ苦労をしつつも
多くの作品を世に生み出すため
断線した多くのピースを繋ぎとめ、
それを幸運につなげる星と強さを
もった稀有な人だと思う。

ニコ生ドワンゴの井上量生が
日本で成功している人物の中では、
めずらしく幸せそうにしている鈴木氏に
興味を示して
ジブリに見習いで居着くくだりが
そのことを婉曲に証しているだろう。

千と千尋の神隠しでは、
初日で四十二万人を動員するなど
日本のあらゆる興行記録を塗り替えたジブリだが、
スタジオ発足間もない頃の作品
となりのトトロの一次興行では
四十五万人しか動員できになかったことなど
悲喜こもごもの興行の裏話などが
数字とともに語られている。

作品に忠実であろうとする宮崎は、
シナリオを朝令暮改どころか、一日三回変更し
スタッフを自分の分身として
能力の最大限発揮するように徹底的に指導して
製作を進める。
その激しさゆえに製作に携わったスタジオが
崩壊することもままあったという。
一方、高畑は、締め切りよりや予算より
自分が納得することが大事とばかりに
公開に間に合わなくなろうが、
興行成績が伸びなやもうがおかまいなしに
我が道を突き進む。
どちらもクリエーターとしては
当たり前ともいえる気質ではあるが
そのいきっぷりがあまりにもすさまじい。

製作に携わったスタッフの思いやモデル、
ネーミングの裏話など
ジブリの作品に触れたことのあるものにとって
宝物の作り方を教えてもらったような気になり、
二人の壊れっぷりが刺身のわさび程度に思えるが
おそらくそうではあるまい。

鈴木氏は、二人には苦労させられたけど
楽しかった的な思い出話のように語っているため
見落としてしまいそうになるが
その二人の偏執を作品に昇華させ
商業ベースで採算をとれるようにしたことは
生半可なことなかったこと思う。

推測の話だが、鈴木氏を抜きに
スタジオジブリの成功は覚束なかったであろうし、
そういう意味では
三者の出会いと結び付きは
天の配材ともいうべきかもしれない。