初湯千両


天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)

天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)

いい話じゃねえかい。伊藤博文のかけた魔法を幼なじみのおめえが解いてやるてぇ、
そのばかばかしさ加減が粋ってもんだ。
御一新からかれこれ六十年近くたとうてえのに、
どっこい江戸っ子の心意気は生きていたってわけさ。
いいか、若ェ衆。宵越しの銭をもたねえってのは、ただ金遣いが荒いってことじゃねえ。
俺っちァ銭金じゃ買えねえ心意気を、この懐にたんと抱えているってこった。
こればかりァ、薩長の田舎侍どもに真似はできめえ。
日本中の目利きみごとだまくらかしたって、小龍てえその芸者だけは欺しちゃならねえ。
やい黄不動。てめえも天下の職人なら、横着な仕事はするな。
男だったら筋の通らん嘘はつくんじゃねえ。
たとえ空っ穴だろうが酔いどれのろくでなしだろうが、
通さずはならねえ筋さえ通して生きれァ、
男は男なんだぜ

浅田次郎「天切り松闇がたり」シリーズ三冊目となる初湯千両は
前二作にも勝るとも劣らぬ出来で、
困窮の戦争遺族をたすけるため陸軍大臣の家に押し込む「初湯千両」
胸を煩った幼なじみのため皇室の御宝物をすりかえる「大楠公の太刀」
サーカスの花形道化の父親と息子の悲哀を描いた「道化の恋文」
など珠玉の物語があつらえられていた。




筋を通すべき相手はおらず、粋というほど垢抜けてはいないが、
銭金で買えない心意気くらいは持ち合わせてみてぇな、と今宵の月にそっと呟く。