マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

「身を捨てるほどの祖国なんてものが、あるのか。」
「祖国でなくて、他に何だ? 男が身を捨てることができるものは・・・
 君もポーランドのような国に生まれて見ろ、繰り返し繰り返し
 まわりの大国に侵略され、切り刻まれ収奪されて
 革命と戦争だけ唯一の希望だったような国にだ。
 祖国という言葉がどれほど美しく甘い響きに聞こえることか。」



ストックホルムの密使佐々木譲


佐々木譲の小説「第二次世界大戦三部作・ストックホルムの密使」に
登場する亡命ポーランド人のスパイ・コワルスキは、実在のスパイがモデルである。
第二次世界大戦、欧州各国の情報部からスパイマスター*1として
恐れられた駐ストックホルム日本外交官小野田信氏の外交活動は
同時期、生活を供にした百合子夫人の手により
バルト海のほとりにて」に克明著わされている。
その中に、大使と緊密に「交流」する亡命ポーランド人が記されているが
その人物こそ、佐々木譲の小説に登場するコワルスキである。



午前中BSを見ているとロシア大統領のポーランド訪問について特集を放映しており
プーチン大統領が、カチンの土も埋められているというポーランド無名戦士の墓に
献花していた。
ナチスの暴力と旧ソビエトの弾圧を同列に扱うことはできない」
ポーランドの政府高官がコメントしていたが
ポーランドの悲哀に満ちた歴史を考えれば至極もっともだと思う。


第二次世界大戦ポーランドソビエトとドイツに分割された後、
アウシュビッツで起きた惨状は、人類の蛮行として世界史に記され
ポーランドのみならず、世界中の人々の記憶に深く刻まれているが
カチンの森事件」についてその事件の存在を知る者は少ない。
ワルシャワ条約時代には、ナチスの犯行と一言で片づけられ
疑問を挟むことは許されず、歴史の片隅に追いやられていた同事件が
長年にわたり人々の耳目を集めることはなかった。
"壁"が崩壊して間もなく、ソビエトカチンの森
多くのポーランド将校を虐殺し、貴金属の略奪したことをしぶしぶ認めたが
そのことを知っている人間がどれだけいるだろうか。
かく云う自分も、冷戦構造崩壊後、旧ソ連が事件を認めることを伝えた外電のベタ記事で
初めてこの事件を知ったに過ぎないが・・・・・・



時は流れ、国も変わり人も変わる。
ポーランドの人々が、今回の訪問をどんな気持ちで眺めているかを知る術はないが
人々が恩讐から自由になる日が来ることを望みつつ
身を捨てる祖国があることに感謝したい。





ストックホルムの密使〈上〉 (新潮文庫)

ストックホルムの密使〈上〉 (新潮文庫)

バルト海のほとりにて―武官の妻の大東亜戦争

バルト海のほとりにて―武官の妻の大東亜戦争

*1:夫人は否定