BRAIN


ブレインズ―コンピュータに賭けた男たち (1) (ヤングジャンプ・コミックスBJ)


史上最大の作戦・ノルマンディー上陸作戦は、
連合軍及びドイツ軍の戦闘に参加した将兵のみならず
後方で作戦に携わった人間をも巻き込み多くの悲喜劇を生んだ。
それらについて従軍記から戦略論に至るまで、多数の書物に記されており
戦争という究極のドラマを今日でも知ることが可能だ。


しかし、史上空前の作戦成功の大きな鍵を
あるコンピューターが握っていたことは、あまりにも知られていない。
何をもってコンピューターと定義するかはさておき、
ちょっと前まで世界最初のコンピュータは、
1946年にアメリカで開発されたENIACと言われていた。
実は、それよりも3年早い1943年にイギリスでコンピューターが開発されていたのは
知る人ぞ知るレアな話である。


イギリスのブレッチレー・パークの暗号解読班が
ドイツが誇った世界最高の暗号システム「エニグマ」の解読に成功し
連合軍が情報戦で優位に立ち、徐々に戦局の巻き返しを図りつつあった1942年
ドイツは、エニグマの他に新型暗号機ローレンツSZ40による通信を開始した。
暗号の秘匿性は、暗号周期に比例する。
1万を越える暗号周期を持つエニグマにすら暗号解読は容易なことではなく
苦心の末に暗号解読マシン・ボンペを開発してこれに成功するのだが
ドイツの新型暗号機のローレンツSZ40は、1600京を越える暗号周期を持ち
暗号解読は不可能と思われていた。


当時、東部戦線を支えていたビエトは崩壊寸前であり、
欧州西部における第二戦線の構築ができない場合、
ソビエトはドイツと単独講和を結ばざるを得ない危機的状況に陥っていた。
連合軍は二度の上陸作戦を敢行するものの情報戦で後手をとり、いずれも失敗していた。
ドイツ軍は重要な指令を送受する際、
ローレンツSZ40(連合国コードネーム「フィッシュ暗号」)を使用しており、
連合国側はドイツ軍の暗号を解読できなかったのだ。
フィッシュ暗号が解読できないまま連合軍は、第二戦線構築のための
200万人規模の上陸作戦「オーバーロード」をヨーロッパの命運を賭けて開始しようとしていた。



イギリスは、この作戦のために暗号解読の切り札として
アメリカから天才数学者アラン・チューリングを呼び戻す。
ブレッチレー・パークに戻ったチューリングは、
真空管を使った電子計算機の開発を提案し、解読班のメンバーを驚かせる。
しかし、彼は3度の試作品を経て
1943年、伝説の巨人「コロッサス」の名前を冠した電子計算機を完成させ
ドイツ軍の暗号を解読し、オーバーロード作戦を成功に導く。
前述したENIACが、大戦後完成されたとの違い、コロッサスは
ドイツ軍の暗号を次々と解読し戦局に大きな影響を与えた。


歴史にifはないが、もしアランチューリングがいなければ
ヨーロッパの歴史は大きく変わっていただろう。
WW2当時のイギリスの首相チャーチルは、
「第2次世界大戦回顧録」を執筆し、ノーベル文学賞を受賞したが、
2万ページに及びその記述の中に
ブレッチレーもアラン・チューリングの名前も1行も出てこない。
国防上の理由により秘匿が必要だったためだ。
そして、世界初のコンピューターの名称は、エニアックに与えられ、
コロッサスとアランチューリングは歴史に名を残すことはなく埋もれていった。