かくして沖縄の中共化は進む

http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20071004k0000m070164000c.html

沖縄戦の住民集団自決をめぐり「軍の強制」という記述が来春の歴史教科書から排除されたのに対し、沖縄県民は激しい怒りをもって応えた。県民大会の決議は「軍の関与なしに集団自決は起こり得なかったし、(記述削除は)体験者の証言を否定しようとするものだ」と訴えている▲「軍の強制があったかどうか明らかでない」としていた文部科学省も、この怒りの噴出の収拾にむけて記述復活も認めようという修正の構えを示した。明らかになったのは、いまだに沖縄の戦争体験と記憶の重みをあるべき場所に位置づけることができていなかった歴史教育の欠陥だ

教科書の記述をめぐり、沖縄の住民らが修正を求めているが
正直"軍の強制性"を削除したことに対して
これほど反発するのか理解できない。


集団自決という悲劇を否定する気は毛頭ないし
それに至った過程において軍人らが行った愚行ー
住民が避難したガマを後からきて砲弾吹き荒れる中へ県民を追いやったり
スパイの嫌疑をかけて住民を虐待したことを認めないわけでない。
しかし、軍の強制による住民の集団自決を史実として認めるわけにはいかない。


勿論、戦争と日本軍、或いは当時の鬼畜米英の思想によって
住民が集団自決に追い詰められたという構図は理解できるが
それでも軍が強制したとは言い難い。
軍民一体となり米軍と戦い、その果ての集団自決ではなかったのか。
沖縄県民を軍の一方的な被害者として位置づけようとする今回の動きは
老若男女を問わず祖国愛に燃えて散った沖縄県民の御霊を
汚す行為ではないのか。
我々の先人はそれほど弱く、惨めではなかった筈だ。



沖縄県民斯く戦えりー」
云わずと知れた沖縄戦を住民らとともに戦い抜いた太田海軍少将が
大本営あてに発した最後の電文である。
沖縄戦の悲劇を美化するわけではないが、
沖縄戦で命を落とした住民達を十把一絡げに
被害者扱いするコラムを書く毎日新聞こそ
沖縄の戦争体験と記憶の重みをあるべき場所に
位置づけることができていない欠陥新聞ではないのか。


慰安婦問題同様、軍と国家を悪者に仕立てようとする世論と
事実を検証せずにそれを受け入れようとする政府に限りのない嫌悪感を抱く。



以上、歴史修正主義者にしてネットウヨの中年の独り言である。