父親達の星条旗


太平洋戦争において米軍が日本軍の損害(死傷者)を
上回った唯一の戦場硫黄島の戦いは、
それまで米軍が体験したことのない
地上対地下という異質の戦闘だった。
その特異性ゆえに米軍は恐怖し海兵隊は壊滅的な損害を受けた。


劇中では1枚の写真が戦争の流れを変えたという表現がなされている。
硫黄島星条旗を掲げようとする海兵隊の写真が
ピューリッツア賞に輝いたことはしっていたが、
その写真がそれほど大きな影響を与えたとは正直知らなかった。
兵士の高揚ではなく、米国の戦争債に徹底して利用されることになるとは
写真をとった当の本人ですら想像がつかなかっただろう。
映画の本筋と離れるが、恐らく、この写真がなくても米国政府は、
また別な写真を引っ張り出して"英雄"をつくりあげたのではないだろうか。
アメリカ政府のプロパガンダの手法は見事なものである。
例えば"Remember Pearl Harbor"は
アメリカ国民の戦意を駆り立てるのに大きな役割を果たした。
自国民に対して日本人の邪悪で卑怯なイメージを植え付けて
戦意を煽るこの巧みさには舌を巻くより他はない。


しかし、一見操りやすいようにみえるアメリカ国民だが、
写真やニュースの報道に大きく揺れ動くナイーブさも持ち合わせている。
アメリカがベトナムを戦い抜けなかった最大の理由は、
戦場から送られてくる悲惨な写真に
世論が戦争に対して反対の声が上がったからだ。
よくも悪くもアメリカ人は繊細で反応が敏感すぎるのである。
こうした反省から米軍と米国政府は、この後戦場の報道管理を徹底し
先のイラク攻撃等の際は国民の支持をとりつけるのに成功した。
(その後のイラク統治と情報管理には苦労しているが・・・)


さて、硫黄島の戦いを実際に体験したことがないので
この映画がリアルであるか
そうでないかは断言できないがただ一つ言えるのは
監督イーストウッドのメッセージは"戦場に英雄はいない"ということだ。
俳優は殆どの無名で、際だった演技も過剰な演出もなく
"英雄"に祭り上げられた青年達の苦悩と
戦争で死んでいく多くの兵士達を描いていた。
また米軍が善で、日本軍が悪であるというような単純な比較論は
どこにも出てこない。
(白人兵の弾除け同然の扱いをされた黒人兵も殆どでてこなかった)
アメリカ人お得意の"自由と民主主義を守るために"というフレーズは
一度も現れず、浅薄で左がかった戦争反対の思想もない。
ただ、星条旗を掲げただけで英雄にまつりあげるアメリカ世論の滑稽さを
批判していた、
しかも戦争を命がけで戦った軍人達を批判することなくである。
考えようによっては、これ以上強力な反戦映画はない。



ちなみに映画には登場しないが、
硫黄島にはこの写真を白い壁に刻んだレリーフが存在する。
その壁には多くの弾が米軍兵士によって打ち込まれて傷だらけになっている。
彼らは本国で英雄だったが、同じ米軍兵士からは嫉妬や妬みで
疎まれていた。



小説太平洋戦争(7) (山岡荘八歴史文庫)

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太平洋戦争 (下) (中公文庫)

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