この小説は『「火車」「理由」と並ぶ現代日本ミステリーの金字塔』と
オビに文句がうってあるがそれだけの小説ではない。
この物語は、猟奇的な殺人的な事件を取り扱った犯罪推理小説という枠で括るより
むしろホラー小説と評価すべき作品である。
占有屋、インターネット、サラ金、家族崩壊、援助交際など
我々の社会にいつの間にか現れ、とけ込んだ"常識"や"問題"を
ふんだんに使い現代日本の暗部をえぐる手法は、作者宮部の十八番であり
この小説もそうした"ツール"を使いこなしながら物語をけれんみなく展開させているが
そうした点よりもこの小説で特筆すべきはそのストーリー展開の妙である。
殺人や犯罪の動機、犯人の行動が物語の前半で全て明らかにしておきながら
読み手の興味を物語の終末まで引っ張るという離れ業を軽々とやってのけている。
それはこの作者が物語を通じて読者に恐怖を与えているからである。
小説の設定や登場人物は全てフィクションであり、それを承知していながら
ページを繰るごとに肌寒いものを覚えた。
それは、作中に"面白いから犯罪を犯す"という理由ならない理由を
理解し、あるいは共感してしまう人間が登場することもその一つだが
猟奇的な殺人者が我々の至近で何食わぬ顔で生活していることに
言いようのない恐怖を感じたからだ。
公園のゴミ箱で女性の腕が発見されたことからこの物語は始まるのだが
行方不明や被害者となった家族の葛藤や彼らに容赦なく迫り話題を追いかけるマスコミ
被害者家族の心情を無視する加害者とその家族の姿をみるとき
そこには我々がいつも感じている一つの矛盾、
物言わぬ被害者より物言う加害者の権利が大事にされるこの社会の問題点、
というより恥部が否応なしに浮かび上がってくる。
それらに対して作者は何も押しつけがましい意見を述べていないが、
読み手はそこに作者と同じ感情を有する筈である。
猟奇的な殺人でなくとも、我々の回りで強盗や殺人事件、或いは誘拐事件が後を絶たず
いつだれがどこでも事件の被害者になっても不思議でなくなりつつある昨今
"一般人"が漠然と感じる不安や今まさに感じている恐怖を
あますところなくあぶり出したところにこの物語は真価があるではないだろうか。
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