ピアフと将棋と数学と

青い空もおちてくるかも この大地も消えてゆくかも 
そんなことはどうでもいいの あなたが愛してくれれば 
世界なんて関係ない 
朝に愛が満ち満ちていて あなたの手に私の体が震えるなら 
悩みなんかない あなたが愛してくれるから


世界の果てまで行くわ 
金髪に染めて あなたが望むなら 
お月様だって取ってくる 財宝も盗ってこよう あなたが望むなら
祖国も裏切りましょう 友達も裏切りましょう あなたが望むなら 
ひとに笑われたって かまやしない あなたが望むなら
いつか運命があなたを引き離すなら 
私をおいてあなたが死んだら 愛してくれるなら かまやしない 
だってあたしも死ぬわ そして永遠をつかむの 
果てしない天空で 何の苦もない天空で  
愛しているわね 神が愛しあう二人を結ぶ


「Hymne AL'amour 」 Edit Piaf


今日はtacaQの誕生日だがシャンソン歌手、エディット・ピアフの誕生日でもある。
「愛の賛歌」は彼女を代表する曲の一つだが、かなりの"謂われ"がある。
参照URL:「Bullet The Blue Sky」(nonkey037さん)


付け加えるならば、もともと他人のために書き上げたこの曲を
恋人マルタンの突然の死に接して急遽自分で唄うことを決め
舞台でこの歌を熱唱したことが伝説となっているそうである。



今年の春、鬼籍に入った父親は「愛の賛歌」がお気に入りであった。
カラオケやアルコールなどと縁はなかったが
機嫌の良いときは散歩がてらよく口ずさんでいた。
高校数学の教諭にして茨城アマ将棋界きっての名物男であった父親は、
変人と呼ばれるtacaQからみても一風変わった人物で
洒落にならない冗談を飛ばすのが好きだった。
3年前、長年の喫煙から肺気腫となり危篤状態に陥った時も
青森から駆けつけた自分に「よう、仕事休めて良かっただろ。感謝しろ」とか嘯き
ICU(集中治療室)で母親と茨城弁で口ゲンカをするなど
筋金入りの洒落モンだった。


その後奇跡的に回復したものの酸素ボンベが手放せない身体となり
快活であった父の精神は徐々に蝕まれて変質していった。
ああしろ、こうしろと駄々をこね、今年の冬、肺炎をこじらせ入院してから
その我が儘ぶりに拍車がかかり、自分を含めた家族、特に母親は疲労がたまった。
それでも見舞いにきた父の実兄に云わせれば、
「なんか面白いことをいって笑いをとろうとしているだけ」なのだが
看病している家族に、その父の尖った言葉に笑う余裕はなかった。
ただ、亡くなる一週間前、覚悟を半ば決めつつあった実家に
病院からかかってきた"エディット・ピアフが聞きたいと騒いでいる"という電話には
家族一同苦笑いするしかなかった。
それから父は目に見えるように衰えて、思ったりより穏やかに臨終を迎えた。


父が亡くなって不思議なことに葬式、四十九日、初盆、彼岸の入りと必ず雨が降った。
胃から逆流し肺に入って肺炎を起こす危険があったので水を呑ませられなかったのを
恨まないまでもぶつぶつと文句を言っているのだろう。
転んでもただではおきない父親のことだから、きっとそうに違いない。


思えば、将棋、数学、歌と人より優れた才能を何一つ受け継がなかった不肖のtacaQだが
せめて父親の好きだったピアフくらいは供養かわりに聞こうと思う。