山頂の話


「I am a Man」*1


深夜、黒人の公民権問題を題材にしたアメリカのドキュメンタリー番組が放映されていた。
一日中働いても家族を満足に養うことができず
濁った水道水、お湯のでないシャワーの劣悪な住宅に住み、
子供には満足な教育を受けさせられない。
そうした劣悪な環境に、メンフィス市の清掃職員は、待遇の改善を市に求めた。
最低限の生活を保障を規定している法律はあったが、
その当時、黒人である彼らは、「人」として認められておらず、
事実上法律の適用外だった。
だから、公務員のストライキを禁止じた法律に違反したからといって
誰が彼らを責めることができるだろうか。


マルチン・キング牧師が訪れた当時のメンフィスはそういう状況で
多くの黒人がキング師が何かをしてくれることを期待していた。
自分が奇跡を起こす力のないことを知っていた彼は、
同胞から寄せられる期待に押しつぶされそうになった。
彼は演説する気は全くなかったが、
集まった聴衆の熱気に呼ばれるように原稿すら用意しないまま
講演会の会場に足を運んだ。
瞬間、民衆の熱気が彼の心に火を付ける。

 私達の前途には困難が待ち受けてる。
 私は恐れない。
 私はすでに山頂に登った。
 約束の地が見える。

全身から情熱があふれ出し、
歴史に残る名スピーチ「山頂の話」が生まれた。
演説で彼は何度も「神」を口にした。
演説の際、死の恐怖と戦っていたといた彼は
自らの演説と聴衆の熱気により、その恐怖を克服し、自信を取り戻し
神への信仰をより強固なものにしたように見えた。
翌日、宿泊したホテルのバルコニーを歩いている時、
彼は射殺されてしまうのだが、それですら神の愛として受け止めたかも知れない。


その射殺事件がきっかけで、清掃職員の待遇は改善されたが
それはあまりにも小さすぎる前進だった。

*1:1968年、メンフィス市の清掃職員の待遇の改善を求めたときのスローガン