ソウちゃんとタケちゃんの夢2

 会社のただならぬ様子にオヤジも気づいていたが、経営に関して何もオジキに注文を付けなかった。「任せるといった以上、潰れようと無一文になろうとその結果を受け入れるのが筋だ。」といって、エンジン・トラブルの原因追及や商品の改良だけにかかりっきりだった。

 会社が倒産の瀬戸際に追い込まれ、眠れぬ夜を2週間ばかり続けたオジキは、腹を決めた。ウチの会社が日本の未来とともにあり世界が必要とするならば道は開ける。できることを精一杯やってみよう、と。

 従業員にも会社が危ないとのうわさが届き、現場に重い空気が漂い始めたころ、オジキはすべての工場に出向いて、全組合員を集めて告げた。
「売上が回復するまで生産ラインを一部休止する。その間、申し訳ないが給料を減額させてほしい。もし、この提案を組合が受け入れてくれなければ、会社の存続はままならなくなる。」組合員の予想を上回る単純かつ率直すぎるオジキの言葉に殆どのものは色を失った。
「売上が回復する見込みはあるのか」一人の組合員が青ざめた顔の震えた声でオジキに尋ねた。オジキはやや上を向いて一息いれてから力強い言葉で答えた。
「必ず回復する。」そしてオジキは言葉をつづけた「退職したいものは申し出てくれ。君たちは会社の財産であると同時に日本の財産だ。一時的とはいえ無為徒食の徒のような境遇に甘んじるより、日本を復興させるため別な場所で働くことを望むのであれば、それを阻むことは経営者たる者のとるべき道ではない。今回の会社の危機の根本は、経営者たる我々の見通しが甘かったことにある。社会環境の変化を予測できなかった経営者の失敗であり、国の未来を担う君たちに責任はない。我々の失敗を許してくれとはいわない。ただ、もう一度信頼するチャンスをくれるのであれば、全力でそれにこたえる。」会場は静まりかえった。組合がオジキの提案を断れば会社の存続は危ういものになる。会社の未来が組合に委ねられたという事実の重さが組合員を凍らせた。オジキにとって沈黙の時間は無限とも思えた筈だ。

 オジキの正面に座り、最前列でみつめていた労働組合の代表者が目を瞑った。長い深呼吸してから目を開き、まっすぐオジキの目を見すえた。そして頷き、両手を合わせて沈黙を破る音を響かせた。オジキの言葉に対して信任する意志を示した拍手は、瞬く間に会場全体に広がった。そこにいた全従業員はオジキを信じることに同意したのだ。オジキは震える声で「ありがとう」といった。


 組合の了承をとりつけた後は、オジキは部品を収めてくれる会社との交渉を開始した。関連会社を一同に集めて、これまた財務の状況を包み隠さず話してから、部品納入の継続と支払い期限の先延ばしを願い出て、また手形を振り出さないことについて理解を求めた。
「身勝手な言い分だとは重々承知しております。しかし、ここに至ってはここに集まってくれた皆様の協力なしには弊社の存続はあり得ません。この会社が日本の復興に必要だと思って下さるのなら、この会社を助けてください」と。代金の支払いも満足にできない会社は、見捨てられても当然であったが、オジキの裏表のない言葉に多く会社が要求をそのままのんだ。

 そしてオジキは、銀行にも正直に財務の状況を話した。銀行の担当者からは「なんでそんな高い工作機械を買ったんだ、身の丈を弁えなかった失敗はないかという指摘に「仮に会社がつぶれても、工作機械は日本に残る。この機械が日本の成長を助けて、結果的に国民が幸せになるのなら、失敗ではありません」と答えた。そして「世界一を目指す我々には必要な機械だから、買いました。今は支払いに事欠くちっぽけな会社ですが、御行の助けでこの窮状をしのぐことができたら、十年後、わが社はエンブレムともなっている翼とともに世界に羽ばたいていることでしょう。」と眼に力を込めて訴えた。

 銀行の担当者は町工場に毛の生えたような会社の専務から口から出た世界一との言葉に驚いた、そして笑い出した。「会社が大きくなったら返すから融資してくれという申し出はいくらでもあったが、世界一になるから金を貸してくれというのは初めてですよ」と追加融資をその場で決めてくれた。

 オジキが金策に奔走していた頃、オヤジはエンジン・トラブルの原因が燃料を送り込む気化器にあることを突き止め、問題の収拾に目途をつけることに成功した。社内にいろいろと意見もあったが、オヤジはリコールを通産省に届け出ることに決めた。商品に欠陥があった会社として世間の評価が一時的に下がり、改修の費用も大きくなるが世界一になるメーカーが些細な過誤すら認めずもみ消すような真似はできないということで下した決断だった。リコールに1億円程度が見込まれた過誤を些細と言い切るオヤジは、どこか頭のネジが緩んでいると会社では噂したが、オジキがわたりをつけた銀行の追加融資でまかなうことができた。会社を取り巻いた二重、三重の危機からの脱出口が見え始めたころ、オジキはオヤジを赤ちょうちんに誘った。