こんな世界の最果てででも

私は防護衣に
我愛大冪冪(ヤン・ミー大好き)とマジックで
書いてもらって、戦友達と写真を撮る。
日常から切り離された場所にいるが
私がまだ生きていることを全世界に告げる。


頑張れ!私!!
いつもそうやって自分を私は励ます。
気力を失えば、すぐにやられてしまう。
やられてたまるか、
花も実もある女の人生、
こんなところで幕を引くにはいかない。


ここに来て何日になるだろうか。
日にちの感覚をなくして随分になる。
夜勤明けで家に帰り、
夫のハグとキスに癒され、
よくやった私と自分を褒めて
毛布にくるまるのが私の日常と幸せだったが
世界の最果てともいえる病院に徴兵されたいま、
私の疲れを癒してくれるは、
戦闘の前後で交わす
戦友たちとの他愛のないお喋りと
26インチの液晶に映し出される
楊冪(ヤン・ミー)の映画だけだ。

どこにでもある
ありふれていた日常と幸せから
世界でもっとも遠い場所に私はいる。
たった2カ月前までそれは私の腕の中にあった。
それが遠い昔のように思える。
あまり好きでなかった夫のタバコの臭いですら
懐かしくおもえる。



国家主席は、ウィルスの封じ込めを
人民の一大戦争と呼んだ。
自分と同じ様に他の都市の病院から
白衣の天使達が多数リクルートされ、
防疫の最前線で体を張る戦士に仕立てられた。
ここにいる患者にとっては
私達はワルキューレのような存在ではあるが。



さあ時間だ。
エネルギーをチャージして
体をスッキリさせて
防護服にマスクで武装を固めて
戦場に突撃だ。
ここでは、化粧する必要もない。
看護師を品定めする勘違いした患者の視線を
気にしなくていいのは、ある意味で楽なのだが
見えない敵がそこら中に潜んでいることを
考えれば、一瞬たりとも油断はできない。

そう、ここは戦場なのだ、
運と不運は隣り合わせ。
できることは全部しなければ
運試しをするまえに戦場と人生から
永遠の別れを告げる羽目になる。


徹夜するのは当たり前、
疲労感で覆われた身体で、
何度の朝を迎えたことだろう。
その数さえ覚えてはいない。
生きていることだけでも感謝しなければ、
だって、ここは戦場だから。
あと何回、朱に染まった東の空を見届けたら
日常にかえれるのか。
私は生きて夫にハグしてもらえるだろうか。
なるべく考えないようにしているが
最悪の結末に私は慄く。
戦いの後は、いつも不安な未来が頭をもたげる。
一人きりの時間は、死の恐怖が私を苛む。



深い深呼吸のあと、
楽観的に考えろ、と自分に言い聞かせた。
かすれた目でスマホを操り
自分のアカウントを確認する。
Weiboのレスに見慣れない名前が
ついていたのに気がついた。

楊冪?ーなんで??
大好き女優の名前のアカウントから
寄せられたコメントに私は訝しんだ。
彼女のファンかな?
ふと、自分がアップした写真を思い出した。
ああ、そうか防護衣の文字に反応したのかー、
私は、疑問の答えをみつけた。
しかし、それは間違いであったことに
程なく気付くことになる。


じゃあ、映画トークでもして盛り上が……違う、違う、
私の体を駆け巡る血が沸騰した。
このアカウントは楊冪本人のものだ、
何故???

私は絶句した。
そして、もう一度深呼吸して
彼女のコメントを目で追った。

目頭が熱くなって、
とめどもなく涙が溢れた。
嗚咽が漏れた。

最果ての地にいる私だけど
世界と繋がっているー、暖かい何かが私を包んだ。


你們是真的英雄,加油,要健健康康的,早點回家
(あなたは本当の英雄です、頑張って、無事に早く帰って)


いつも私は防護衣に
我愛大冪冪(ヤン・ミー大好き)とマジックで
書いてもらって、戦友達と写真を撮る。
日常から切り離された場所にいるが
私はまだ生きていることを全世界に告げる……


f:id:tacaQ:20200307154600j:plain

www.setn.com