石油

 日章丸事件は1953(昭和28)年に起きた事件で、この事件を全く知らなかったが、世界を驚かせた大事件です。


 舞台は中東のイラン。当時のイランは世界の火薬庫だった。なぜかというと、世界最大の石油埋蔵量の国だったが、利益はイギリスが吸い上げ、イラン国民は何の恩恵も受けていなかった。これはおかしいと、モサデクという骨のあるイランの首相が、国内の石油施設の国営化に成功したんです。


 イギリス政府はかんかんに怒って、世界に向けて「イランの石油はイギリスのものなので買ってはならない」と声明を出すアラビア海に軍艦を派遣して、海上封鎖する。イランは有り余る石油を持ちながら、どこも買ってくれなかった。


 イランから石油を買おうとした石油会社のタンカーを拿捕するという事件も起きた。イギリスは「今後イランの石油を積み出したタンカーにありとあらゆる手段をとる」と宣言。いざとなれば拿捕だけでなく撃沈するぞと宣言したようなもの。


 これで、イランと一切の交渉する国さえなかった。兵糧攻めにして国力が貧しくイランはまもなく崩壊するであろうというのがイギリスの読みだった。


 で、日章丸事件が起きるのです。主人公は当時日本でも中堅どころの石油会社「出光興産」。これは当時68歳の出光佐三が25歳の時につくった出光商会という小さな小売店がもとですが、佐三は重役の大反対を押し切ってイランの石油を買うという。


 イランは大英帝国に逆らい、世界の石油の80%をシェアしていた7つの石油会社「セブンシスターズ」に逆らったら生きていけない時代だったのに、ここにも逆らった。佐三は「イランは大英帝国セブンシスターズに逆らった勇気ある国だ。そして世界はこの勇気ある国を見捨てようとしている。日本が助けないでどうするのか」


 国交のないイランとこの貿易を成功させるためのハードルの高さは調べながら不可能だと思いました。たとえば、海外貿易に必要なのはLC、信用状なんですね。この信用状を銀行が出してくれないと取引ができない。出光が依頼した銀行も営業部長が「国交がないし、イランの石油は大英帝国が許していない。日本政府も許さない。うちとしても信用状は出せない」と突っぱねる。


 しかし、この営業部長は、出光に「けれども信用状は非常にやっかいなもので、いくつか裏道がある。こんな風にして、こんな風にやると、うちとしても出さざるを得ない。出光さん、まさかそんなことしないだろうね」と言う。出光は心の中で「ありがとう」と思いながらこれをやり、銀行側もわかりながら信用状を出したんです。


 保険の問題もあります。拿捕、撃沈されれば大変な損害が出るから当然無保険では出せない。出光は当時の東京海上火災で「保険を受けてくれ」という。東京海上火災の担当者はすべてを聞いたあとで、それを受けるんですね。社内でも議論をまねくが、「法的に何の問題もない、受けるべきだ」と彼は頑として通したんです。


 一番やっかいな問題はドルです。そのころのドルは、貴重な外貨ですから、国が認めないと使えない。国もドルを代償に得る品物が日本国民のためになるかを見極めないと認めなかった。イランとの交渉にも当然ドルが必要です。しかし、当時の通産省の官僚は「世界の国がイランを見捨てようとしている。もし日本がイランの石油を買う企業があるとするなら出光さんしかない。わかった」とこれを認める。


 東京銀行の営業部長、東京海上火災の重役、国の役人、彼らはみな法律違反を犯しているんです。しかし彼らは自分の立身出世、保身をすべて捨てた。なぜか。「このプロジェクトはきっと日本を救うだろう。そのために俺の身分はどうなってもいい」と考えた。昭和28年、戦後まだ8年のとき、日本にはこういう侍たちがたくさんいた。

【百田尚樹氏講演(下)】英国の恫喝にも屈せず…戦後日本を立て直した侍たち、最も不幸で最も偉大な大正世代 (京都「正論」懇話会詳報) - 産経ニュース




小説より保守寄りな言動で何かと
批判の多い百田尚樹氏の講演録。


まず思い浮かんだのが、当然のことながら
同氏の作品の「海賊と呼ばれた男」ー
出光興産の社長、出光佐三をモデルに
石油に人生を賭け、
多くの挫折を経験しながらも、
前進を止めなかった熱い男の物語と


国賊との批判にさらされ
狭量な官僚らを敵に回しながらも
イランの石油開発に奔走したシベリア帰りの
大本営参謀の物語ー山崎豊子の「不毛地帯」である。



それぞれ執筆された時期や対象は違えど
それぞれ戦後の日本を
支えようとした男の姿が描かれている。
ともに共通するのは、石油不足の困窮から
突入した悲惨な戦争と戦後の体験から
石油が日本の繁栄にとって何より重要と
思い定めていたことー


失敗すれば自身の地位だけでなく、
会社の存続すら危うくなる傍からみると
無謀としか思えないリスクの大きい取引。
市場を寡占する巨大企業を向こうにまわし
国内外の支援もままならない中で
僅かな協力者の善意と希望のみを支えに
動けたのはなにゆえか。




国家の繁栄などうたかたの夢に
過ぎないのかも知れないが
その繁栄をまもるため
人々の毀誉褒貶にさらさながらも
立ち上がった志のある人たち。
繁栄を享受しながら、その安寧に胡座を欠いて
先人に思いを馳せなかった我が身を悔いる。




不毛地帯 全5巻完結セット (新潮文庫)
海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)海賊とよばれた男(下) (講談社文庫)