終わらざる夏


太平洋戦争終了後、
突如として北千島占守島へ攻め込んだソビエト
終わった筈の戦争で命を失った両国の兵士達の
運命に翻弄された悲哀を描いた物語


終戦間際、東京の出版社に勤める片岡直哉の下へ
召集礼状が届く。
徴兵年限間際の壮健と言い難い中年の召集に
本人と周囲は訝しむのだが、
それは大本営の一参謀が、終戦を見越した上での
善意に近い良心的配慮だった。
しかし、その配慮を隠すために
二人の男が同時に召集され、それぞれの人生と
家族の生活が戦争の歯車に巻き込まれていく。


出征した兵士の数だけの人生があり、
それを送り出した家族の数だけの思いがあった。
多くの日本人が耐え忍んだ戦争だが
生死を分けた運不運は誰がもたらしたのだろうか。
明治以降も連綿と続いた徴兵制度。
平和なときにはただの儀式に過ぎない徴兵検査も
戦争が起これば健康体をより分けて
多くの人々を戦争へと連れ出すための検査となる。

その運用に人間が携わっていたとしても
人知の及ばぬところで
多くの人々の運命を振り分け、
その命を飲み込んでいく。


この小説を一読して、作者が何を訴えたいのか
正直分からなかった。
ソビエトの非道を訴えるわけでもなく
日本軍の精強さを誇るわけでもなく
戦機を失っても惰性で戦争を継続した
体制の愚かさを嘲笑うわけでもなく
父や子が生還すると期待した家族の希望と
残酷な対比をなして死んでいく兵士。


根っからの悪人が登場しないのが浅田の小説だが
本作も敵味方双方の人間が悪いのではなく
ただ戦争のみが悪としている。
狂気に満ちた軍人や無能な官僚や政治家などは
一文たりとでてこない。
戦争だけを恨み、人を憎まずとは
見映えはがいいがそうした主張を
額面通り受け入れることは難しい。


避けがたい運命だとしても
そこに何らかの希望を求めたりするのと同時に
その原因を人の所為に帰結させたくなるのが
人間の性ではいだろうか。
そんな光明を見出だすことができず
過酷な運命へと誘った呪うべき対象を
曖昧にした結末は
やや不満が残った。