太平天国


太平天国〈1〉 (講談社文庫)

太平天国〈1〉 (講談社文庫)

陳舜臣による太平天国の興亡記。


アヘン戦争後、列強各国は上海を足場に進出し、
阿片の流通や茶の輸出などの影響により
社会構造が大きく変わりつつあった。


清朝による統治に民衆は倦き、不満を募らせ
各地で反乱が相次ぐ騒擾の時代、
地方の小規模な乱ですら平定もままならず
清の治世が至る所で綻びをみせていた。


主人公は、厦門の商人連理文。
琉球や薩摩とも密かに貿易を行っていた彼に
父親から指示が伝えられる。
拝上帝会と行動をともにせよ、と。


客分として迎えいれられた理文は
洪秀全拝上帝会に新しい時代を予感する。
洪秀全は天王を名乗り、拝上帝会太平天国軍を組織し、
清に対して反旗を翻す。
仏像や寺院を破壊し、役人を容赦なく処刑するが、
民衆から略奪を行わない奇妙な集団太平天国軍は
その厳正な規律により民衆の支持ないし
肯定的な評判を得て、
各地の任侠集団の力を借り、或いは
吸収して教団と軍は大きく膨れ上がる。
しかし、教団が大きくなるにつれて
洪秀全の教団内の影響が小さくなっていった。


拝上帝会は、エホバの使いを自認した洪秀全
立ち上げたものであったが
実務は東王である楊秀清が取り仕切っていた。
それは結成初期、洪秀全ら主要幹部が
捕縛され不在間、留守を預かった楊秀清が
天父下凡という奇跡を演じ
教団消滅の危機を乗り越えたことに由来していた。
連理文が危惧した拝上帝会の危うさの一つが
楊だったが、その危うさは
徐々に現実のものとなっていった。


各地で敗北と勝利を繰り返した太平天国軍は
転身しては兵力を充実し
教団とともに拡大していく。
幸運にも恵まれ、多数の舟を手に入れ
水軍を編成し、長江流域を進撃し
南京を攻略する。
南京を太平天国の首都天京として定め、
健軍以来の根拠地を構え
拝上帝会洪秀全は絶頂期を迎える。


しかし、拝上帝会の幹部らは、天京において
政を理解しないまま、権力に酔い
対立を深め、ついに内部抗争を勃発、
その力を衰退させ、わずか十数年で滅亡する。
李鴻章曾国藩らの私設軍の活躍もあったが
その滅び様は限りなく自壊に近いものだった。


厳格な規律をもった太平天国軍は
中国を担うに足る充分な力があり、
それに期待した人間も多かった。
にも関わらず清にとってかわれなかったのは
幹部らの権力争いもさることながら
根拠地を得たことで行動の勢いを失ったことと
幹部らの狭窄的視野にあった。
いみじくも主人公とその父が南京を捨て
上海を基盤することが教団と天国の生きる道と
談ずる場面があったが
現実と理想の区別がつかない者たちに
戦略や治世の要が分かろう筈もない。


滅亡は、天の教えや理想を語れても
人の営みを理解できなかった者らの
当然の帰結といえる。
彼が耳を傾けるべきは、天の声ではなく、
民衆の声ではあったと思う。