虚像の砦


架空のテレビ局PTBを舞台にして
報道とバラエティにかかわる二人のテレビマンの
葛藤と活躍を描いた真山仁のエンターテイメント小説。
この小説は、他の真山作品同様、巨大な敵と戦う男の姿が
描かれているのだが、少なくとも自分は
カタルシスを感じることはなかった。
真山仁は、最近では最も好きな作家の一人なのだが
この作品は、面白いと思えなかった。
それは、物語の構図に納得しかねる箇所があったからである。




PTBテレビ局の報道番組のディレクター風見敏生は
自衛隊が派遣されたイスラム共和国で
日本人が誘拐された事実を掴む。
いち早く報道しようとするものの、
局内の力関係や軋轢に遮られ、スクープ報道を断念する。
その後、誘拐された家族に対する社会のバッシングに
政府の思惑が働いていると感じた彼は、
総務省の担当官僚への取材や現地でのリポートを行い
政府の圧力に一矢を報いるー。


というのが粗々な筋書きである。
この小説の題材は、数年前にイラク
起きた人質事件であることは容易に察しがつく。
事件の顛末に腹の据えかねた国民も多かったと思う。
不可思議な誘拐犯の要求
人質となった家族の常軌を逸した発言と行動
自己責任、自作自演と被害者への批判が相次いだ事件の構図を
そのまま作中に取り入れて
主人公に人質寄りの立場をとらせ、人質の過失を問わず、
人質となった女性の思いが理解されて釈放されたと報道し、
かつそれを肯としているかのような筋書きだが
読者に共感を呼ぶだけの材料は何一つ述べられていなかった。


物語は、テレビ局の粉飾決済、裏金など闇の部分を描き
バラエティ番組のプロデューサーが喜劇作家として踏み出して
テレビとは実像以上にふくれあがった虚像に過ぎないとの結論めいた
挿話でしめられ、真実はテレビ局の番組に存在しないような印象を抱くが
それにしても中途半端の感が否めない。


この作品が書かれた時期から大分時間が経過しており
読む時期を失したといえばそれまでだが、
メディアの総括が総じて甘い。
日本が人質事件を大々的に騒いだ影響で、
イラクで誘拐事件が相次ぎ、命を失った被害者もいた。
また、日本では自衛隊の派遣を否定的な報道しかしなかったが
イラクでは、肯定的な意見も多くあった。
そうしたメディアの偏向を糺さずに、政府からの圧力や
族議員の影響が報道をねじ曲げているかのような物言いだけを
額面通り素直に受け取ることはできない。

虚像の砦 (講談社文庫)

虚像の砦 (講談社文庫)