凍てつく寒い夜


凍てつくさむい夜
避難所の灯り以外、闇を照らすものは春の星しかなかった。


「じいちゃん、あの星は何て言うの」
中学生の孫に答えた。
「あれは、双子座のポルックスだよ」
孫は星にまつわる話が大好きだった。



星が輝いている空の下には、漆黒に塗りつぶれた街があった。
喧噪だったその場所からは静寂の音しか聞こえなかった。
そこに全てがあった。家、家族、生活、生きる糧、思い出ー全てがあった。
しかし、今、残っているものは、
隣で星空をみつめる中学生の孫一人だけだった。


ポルックスのすぐ上にある明るい星はカストルといってお兄さんなんだよ」
「お父さんが違ったけど、二人は、仲良しだったんだよね」
孫は、以前話したことを覚えていた。


「そう、ある時兄であるカストルは人間だったんで矢があたって死んでしまった。
一方神の子であったポルックスは、不老不死だっため、死ぬことができなかった。
ポルックスは嘆き悲しんで、一緒にいられるように神に願い出て
それが聞き届けられて二人は一緒に天で輝く双子座になったんだよ」


「きっと、ポルックスにとって、カストルが全てだったんだね」
孫は春の夜のような澄んだ目で、天空を見つめていた。


カストルの気持ちが今ならよくわかる。
何もかもなくなってしまった人間の気持ちが・・・・・・」



「何にもなくなっちゃったね」
孫は寂しそうに呟いた。

胸が締め付けられた。
この子に何をしてやれるだろうか。
蓄えも消え、何も技術も、伝手ももたない老いた人間にできることなど
何もなかった。
育ち盛りの子供の空腹を満たすことはおろか
勇気づける言葉一つ持ち合わせていなかった。
自分の不甲斐なさと無力さに涙がまたこみ上げてきた。



「じいちゃん」
「うん」
「俺がさ、家を建てっかんね」
「え?」
「道路も、鉄道も、港も、工場も全部、俺が元通りにする
いや、元より立派なものを建てる」



凍てつくさむい夜
避難所の灯り以外、闇を照らすものは春の星しかなかった。


「じいちゃん、見てな。立派な家に住まわしてやっかんな。
地震津波に負けねぇ頑丈な家つくるから、見ててくれ」