歌手のさだまさし、4作目の小説。
本作も前作まで同様やさしさに満ちた心温まる物語となっている。
読み進めていて、不意に目頭が熱くなる時が幾度があった。
主人公は、酒屋の次男として生まれた真二
実家のある福岡を出て上京し雑誌の編集者を勤める彼は
40の齢を越えている。
そんな彼に父親の形見分けとしてバイオリンが
仲違いしていた兄・健一郎から届く。
父の死を契機に人生を見つめ直そうとする彼は
仕事を辞め、長年連れ添った妻と離婚に至る。
身軽になった真二は、父がバイオリンに込めた想いを計るべく
楽器の由来を求め、イギリスへと旅立つ。
初恋の女性から習ったワーズワースの詩「茨の木」に
導かれるように英国を旅する彼に、様々な出会いに巡り会う。
病魔に犯される兄、
幼い頃、父に書かされた誓約書
ワーズワースの詩
ガイドに雇った邦人女性・響子
バイオリンの奏
宿屋の女主人の優しいもてなし……
多くの出来事や思い出がオーバーラップし、主人公に押し寄せるのだが
主人公はそれらをどこか突き放して眺めている。
人生をやり投げになった中年男の冷めた視点ともいえなくもないが
それよりは、人生を曲に譬えて
幸不幸の波を旋律として捉えて達観していると形容した方がいいだろう。
綴られた文章からにじみ出る愛情と優しさ
またどことなく諦観した印象は
作者自身の繊細な人柄と経験から生まれてきたものなのだろう。
物語中に、多くの喜びと哀しさを経験した者の
奏でるバイオリンの音色が聴く者の心の深くを響かせる場面があるが
それは、彼の人生と歌を象徴している気がしてならない。