日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされなのいか


日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

情報と諜報の違いを端的に説明するなど
門外漢の人間にもある程度理解できる内容でありながら
語られることの少なかった戦前の日本の情報組織について
詳細に分析し、説得力ありかつ独創性溢れる意見に満ち
非常に啓発に富んだ本である。
良書といっていいと思う。


太平洋戦争において日本は
情報戦に敗れたと言われている。
しかし、それは事象の一つであり、全体の真実ではない。
確かに、海軍や外務省の暗号は解読され
秘密の通信は米英に筒抜けの状態になっていた。
しかし、陸軍をとってみれば
難関と言われた米国外務省のストリップ暗号を解読したり
外地の憲兵隊による防諜活動は一応の成果を上げて
日本陸軍の通信はある程度防護された状態にあった。


では、なぜ日本は敗れたか。
それは、陸海を含めて集めた情報を分析検討し
情報を長期的な戦略なり
政策に反映させることができなかったからである。
この本は、何故現場が血の滲むような努力をして収集した情報が
活かされなかった理由について
戦前の軍隊及び政府について、その組織的欠陥と
情報に対する絶対的なセンスの不足に
その解を求めている。


例を挙げれば、独ソ開戦の情報をイギリスにもたらしたのは
日本大使館発の電文であるが
この情報を元に、英国はソビエトを支援する方向へ
政策を転換したのに比して
当の日本は、この情報を頭から否定し
日独伊にソ連を加えた四カ国同盟の成立をめざし国策を決定していく。
つまり日本はインテリジェンスの価値を理解しなかったばかりか
その使い方もわからなかったのである。


陸軍の憲兵隊のような防諜組織をもたなかったゆえに
情報が漏れ、連合艦隊長官山本五十六を戦死させるに至り
その挙げ句、情報漏洩はなかったと言い切った海軍はともかく
前述の陸軍は、
対ソ、対中においては通信情報等などから多くの成果を上げ、
かの有名な中野学校を設立しケースオフィサーを養育するなど
ある程度組織的な運営で情報を回し
戦術レベルでの情報運用に成功していた。
だが陸軍も作戦重視情報軽視の風潮から、諜報への真の理解が不足していた。
そのため人材を育てられず
また作戦部の突出から開始した米国との戦いにおいては
開戦してから米国の情報収集に本腰をいれるなど
組織の整合性がとれておらず
情報を十二分に活かしていたとはいえない状況にあった。
そうした状況でありながら、米国との情報戦においては
五分以上のものがあったが
戦局に影響を及ぼす決定的な仕事をすることはできなかった。



都合のいい情報のみを採用し、自分の政策や方針に不利な情報を
検討分析せずに排除することを情報の政治化と作者は批判しているが
戦前、戦中の日本の軍部と政治家が犯した失敗は
まさに情報の政治化に尽きる。


人間ならば誰にでも全てのものが見えているわけではない。
多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない。

蛇足だが、この情報の政治化とインテリジェンスなき政治が
過去ではなく現在も続いていることに対して
二千年以上前の英雄の言葉が、重く耳に響く。


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