ホームランキングへの手紙


「マスコミなんて、どこの国だって一緒だよ」
ボブは、ちょっと訛りのある早口で用具係りの俺をまくしたてた。
「どうしてだい?ボブ」
「奴らは奴らにとって都合のいい事実しか報道しない」
大記録のプレッシャーからか、彼はかなりに神経質になってるようだった。
それも無理のないことだ。
普段からマスコミは、ボブの悪口や有りもしないスキャンダルを
面白おかしく書き立てては、一日も早く引退に追い込もうとしている。
特にボブがハンク・アーロンの記録に迫ってきた今シーズン、
彼に対するバッシングはどう考えても異常だ。


我が儘な性格だからチームメートから嫌われている、と奴らは報道するが
そんな事はない。
彼ほど優しくて思いやりのあるプレーヤーなんてそうざらにはいない。
ただ彼は、彼を貶める奴が嫌いなのだ。彼はチームメートに恵まれていない。
チームメートは、彼の才能に嫉妬しているんだ。
ドーピングだって、彼にサプリメントを供給してた会社のお偉いさんが
反物質を作っていたと証言しただけだ。
なぜそれだけで彼が薬物使用者クロと決めつけるんだ。彼が黒人だからか?
今まで何回も検査を受けたが、彼が陽性だったことがない。
マスコミはボブの言うとおりみんな嘘つきだ。
ああ、そうそう日本から来た奴ーヤマダとかいったのは違ったな。
あれは、3年前のことだったと思うよ。




「これをボブに渡してくれないか」
そのシーズンに道具係の俺と顔なじみになったばかりの新聞記者が
手紙をボブに渡してくれと頼んできた。
何でも日本から1週間の出張取材でSFこっちに来ていたが
ボブに取り合ってもらえないまま翌日に帰るとのことだった。
そりゃそうだ、ボブのマスコミ嫌いに国境はなかったし
最愛の父親が死んだばかりで、調子も悪かった。
そんな時に喋れることなんてある訳がない。
「なんで用具係の俺に?代理人に渡せばいいんじゃないか」
俺はその記者に言った。
その記者ヤマダは笑いながら答えた。
代理人には断られたよ。」
「練習前に、ボブがキミと気さくに話しをしていたのを見たんだ。
 彼はみんながいうほど悪い奴じゃないよね?」
「当たり前さ」
「そう思うから、彼に日本の声を伝えたいのさ」
へぇ、マスコミにもこんな奴がいるだと俺は思った。



「この日本製のバットはいいねぇ。去年まで使っていたモノと全く変わらんよ」
試合前練習で打撃ゲージから出てきたボブが
道具を準備している俺に声を掛けてきた。
「そいつはよかった。
 今日は姪っ子の誕生日なんだ、お祝いにホームラン頼むよ」
と俺は、ボブに言った。
「お安い御用さ」
「ところで、その日本から来た記者ブンヤに手紙を預かっているんだけど」
「やつらは、本当に抜け目がないな」
ボブは、やれやれという顔になった。
「まあ、ちょっとヘンだったけど、そんなに悪い奴じゃなさそうだったぜ」
俺がそういうと、ボブは手紙を受け取って、声に出して読み始めた。
読み始めて間もなく、ボブの2つの目は滲み始めた。


「偉大なる打者ボブ。
 父上がなくなり哀しい時期に何度も話かけて申し訳ない。
 日本のファンは、2002年に来日して夢を与えてくれたあなたを忘れていない。
 悲しみに負けないようにと願っているファンが
 海の向こうにいることを覚えていて欲しい」


ボブは顔を今までに見せたことのないほどくしゃくしゃにした。
そりゃそうだろう、マスコミなんてみんなクズみたいな奴らばかりだったんだ。
こんな暖かいメッセージが書いてあるなんて想像できる筈がなかった。
ボブは、天を仰いだ。
頬を伝わった涙が、グランドに零れ落ちたのも気にせず、
ボブは呟いた。
「俺は負けない。俺はボブ・バーンズだ」



「この手紙を書いた奴は、どこにいるんだい」
ボブは、俺に訊ねた。
「あそこにいる青いシャツを着た東洋人だよ」
俺は、バックネットにいたヤマダを指さした。
ボブは、そのままヤマダに歩みよると話しかけた。
ヤマダはびっくりしたようだった。
「日本のファンに伝えくれ、心配しないでくれ、俺は大丈夫だから……」
ボブは声をつまらせながら、言葉を続けた。
「そして、ありがとう」


やっぱりボブはいい奴だと俺は思った。