親学

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007051202015408.html

「子守歌を歌い母乳で育てる」ことや「乳幼児期に本の読み聞かせを行う」「早寝・早起き・朝ご飯の励行」などの提言案をつくり、「『親学』に関する提言」としての公表が検討された。
 しかし、委員からは「個人生活にかかわることなので慎重な議論が必要」との意見や、政府内からも「単に言いっ放しでは意味がない」という声がでたため、公表は見送られたという。
 母乳による育児や本の読み聞かせなどは理想だろう。それを一律に奨励すると母乳の出ない女性にはつらいことだ。育児休業が十分ではなく乳幼児を保育所に預けて働く母親の事情もある。再生会議は社会の実態に目が向いていないのではないか。


今年の初め、櫻井よしこさんの講演に聴きいった際
明星大学高橋史朗が親学というものを提言していた。
「子供というものは親の教育によって芽が出て、学校教育で花を開き、社会で実がなる」
趣旨のことを述べ、親学の大切さ訴えられ、身勝手な理由で給食費を払わない馬鹿親や
問題があるとすぐに教育委員会にねじこむ身勝手な親の存在が
子供を駄目にしていると述べられていた。
至極もっともな話だと思った。


近年、ジェンダーフリー男女共同参画などで女性の権利ばかり
声高に叫ばれているが、その一方で育児というものが蔑ろにされている。
男女関係がただの肉体関係の延長となり
できちゃった婚」が社会的に認知されつつある今
子供の育児や教育について、社会全体の共通認識コンセンサスを見なす必要がある。
母乳云々に至っては、個人差や結婚の有無の問題もあるだろうが
大事なのは両親、とりわけ母親の愛情の象徴として
受け止めるべきではないかと思う。


確かに愛国心や子育てについて国の機関なり、役人が介入するも
如何なモノかと思うが
そこまで国が基準を示さなければならなくなっていることを
日本人が、日本の親が劣化していることを、先に問うべきである。
かくあるべき姿ーそうしたものが明確でなりつつある今、
それを示さなければいけない時期にきていると個人的には思う。
勿論、国や個人の理想を全部押しつけるわけでないし
足りないもののは足りないものとして、
代替策でカバーすればいいだけの話だ。
必要なのは子供を育てようとする親の健康的な愛情だと思う。


以上、三十路にしてチョンガーの独り言である。