エディプス

田中規雄のオリンピック三昧『兄妹「父殺し」の行方は』


最近見た、スノーボードハーフパイプ女子の今井メロ(一八)を特集する番組で印象的な場面があった。
昨年12月、カナダで行われたW杯ハーフパイプ男子第5戦。決勝のスタートを待つ兄の成田童夢(二○)にメロがアドバイスしていた。
「見ている人に楽しんでもらうより、今日は勝つことが大事よ」
姉のような口調に、2人のきずなの強さを感じた。
(中略)
夏冬2つの競技を2人に幼いころから教え込んだのは写真家だった父親の隆史さんだった。家族で過ごす時間を少しでも多くしたからだという。
そんな父親を尊敬の目で見つめる2人。理想の家族に見えた成田家に何が起こったのか。
昨年、2人は相次いで父の元から去っていった。メロは名前も実母の性に変えた。そして迎えた五輪。
12日、雪のまったくないトリノ市内からバスで1時間半で会場のあるバルドネッキアに着いた。記者は現地入りして初めてパウダースノーを踏みしめた。
ハーフパイプ男子の予選では、いつものように、指を突き上げてたり、手拍子を求めながら演技に入る派手なパフォーマンスは大いに観客を沸かせたが、予選落ち。童夢はたおれ込むように体を投げ出し、雪にこぶしをたたきつけてくやしがった。翌日に行われた女子の予選では、メロが転倒。やはり決勝には進めなかった。父親は会場のどこかで2人の姿を見ていたはずだ。
「父殺し」という言葉がある。息子が父親の権威を否定し、乗り越えるという通過儀礼を経ることで、自立を果たすとフロイトが唱えたらしい。
今子供ににとって、越えるべき権威をもたない父親が日本に蔓延している。だからこそ、2人の「父殺し」の行方を見守っていきたいと思う。その先に次のバンクーバー冬季五輪があるはずだ。(編集委員
(平成18年2月14日付 産経新聞


今井メロは父親の元を離れてから、スポンサー探しに難航し
一時は五輪内定取り消し寸前のところまで追いつめられた。
この2人の兄妹についてさほど多くのことを知る訳ではないが
以前ほど競技に集中できる環境が整っているとは考えにくい。
勿論、環境や条件で勝負が決まるわけではないのだが、
今回の2人の失敗は、そうしたことと無縁ではないと思う。
端からみて、この2人は父親の元を離れてから
明らかに何かがズレてきている。


的はずれな比喩かも知れないが、この兄妹は
元F1パイロット、エマーソン・フィッティパルディのある時期に似ている。
フィッティパルディロータスでワールドチャンピオンの栄光に輝きながら
数年後より良い条件を求めてマクラーレンに移り、
やがては自分の名前を冠したチームで走るのだが
恩師ともいえるコーリン・チャップマンの元を離れてから、
何かの歯車が狂ったように徐々に輝きを失ってしまう。
フィッティパルデイは自分が走ることの意味すら判らなくなるほどに
追い詰められてF1を去るのだが、その時の彼に近い匂いを成田兄妹からを感じる。
兄妹は今、何のために、そして誰のために跳んでいるのだろうか。
門外漢の自分がいうのもなんだが、この兄妹は競技を"楽しむ"余裕が
見受けられない。


F1シーンから引退したフィッティパルディだがブラジルに戻り事業家となった後
ふとしたことから走ることの喜びを取り戻し、アメリカのインディシリーズに
ドライバーとして復帰し、見事インディ500を制している。


冬季五輪、とりたてスノーボードにさほど興味があったわけではないのだが
産経新聞の記事を読み、この兄妹の雪辱戦を見届けなければと思う。