空の華 vol4


多くの飛行機に私の製造した部品が組み込まれたことを考え
罪悪感に近い感情に責め苛まれ眠れない夜が続いた。
資材不足から工程が停止した時は、
不謹慎なことだが心のどこかで安堵している自分がいた。
しかし、工程が動いている時は、全身全霊を傾注して部品を製造した。
近い将来、自分に赤紙が来て搭乗することになるかも、という意識もあるにはあったが、
それよりも空で戦う同胞に、少しでも満足いける戦いを、と思う気持ちの方が強かった。
結局、私は終戦まで軍務に就くことなく、
そのまま奥能登の工場で飛行機の部品を作り続けた。


終戦後は、多少の混乱もあったが、縁あって娶った妻とささやかな家庭をもった。
時の流れとともに齢を重ね、気がついたら今の年齢になり
孫に囲まれ幸せな余生を過ごす身となった。
戦争は、遠い歴史の彼方に追いやられたような存在となってしまったが
何かの折に触れては彼らを思い出し、
どんな最期だったろうかと気を揉むことがしばしばあった。
旧軍の関係者に委細を打ち明けて尋ねようと考えたが
ついにその時機を得ないまま今日に至った。
否、私は彼らの死と真正面から向き合うのをどこかで恐れていた。



春うららかなある日、我が家に宅配便が届いた。
今春、埼玉県に就職した孫が送ってくれた"空の華"という酒だった。
一般には市販されておらず限定生産され、ごく一部で販売されている品だという。
ラベルのエッチングには、単発の複葉機が描かれていた。
私が飛行機の部品を作っていたことを話したのを覚えていたのだろう。
孫からの思いがけないプレゼントに嬉しくなる一方で
六十年前の彼らを思い出し、胸がちくりと痛んだ。
あの空に散った彼らは、戦うことなく生き延びた自分をどう見てるだろうか。



私は、"空の華"を充分に冷やし、神棚に捧げ二礼二拝一礼した後、
家内が用意した金杯に酒を注いだ。
私は、彼らの魂が安らかなことを願いつつ目を閉じて、口腔に酒を流し込み満たした。
刹那、私は嗚咽をこらえきれなった。
私が口にした"空の華"は、
まさしく六十年前、技術将校から手渡された"若櫻"そのものだった。
あの日以来口にしたことはおろか、手にしたこともなかった酒であるが
しかし、私の味覚は、かの酒を覚えていた。


ただならぬ状態の私を見た家内は、体の加減が悪くなったのかと訝しみ訊ねた。
「違う。違うんだ。
 若櫻・・・・・・。」
私は、それを云うのがせいいっぱいだった。
六十年間心の隅に溜まっていた澱が一気に吹き出てくるかのように
涙がとめどなく溢れ、流れ続けた。
目蓋の裏に六十年前の記憶の風景とそこに凛としてたたずむ荒鷲達が現れた。
そして、あの時、彼らが叫んだ言葉が耳朶を打った。
私は嗚咽を漏らしながら
「ありがとう。こちらこそありがとう。」と家内に聞こえない声でそう呟いた。


彼らは酒精となり私に会いに来てくれたのだ。
六十年前、私が聞き逃した言の葉を届けに・・・・・。
あの時、彼らは、こう云って航空機に搭乗した。



「アリガトウゴザイマシタ。」



(了)