空の華 vol3

説明会が終わり、技術将校から時間があるかと尋ねられた。
後は帰途につくだけであるから、多少なら融通が利くと答えたところ
近くにある陸軍熊谷基地へと誘われた。
私は、陸軍に航空部隊があることを聞いていたが、
陸軍の航空部隊が熊谷にあるとを不明にも知らなかった。



瀟洒な門をくぐり、基地の施設をあれこれと説明され、滑走路のある高台までくると
まだ紅顔といってもいい若い隊員達が、飛行服と白いマフラーに身を包み整列していた。
なんと澄み切った眼差しであろうか。
彼らの清涼たる雰囲気に、どこか陸軍の基地に似つかわしないものを感じた私は、
随行してくれた将校に彼らが本当に陸軍の飛行員なのかと訪ねた。
「ええ。」
将校は何の気負いもなく私に説明した。
「彼らは特別攻撃隊の要員です。
 決死の覚悟をした身の上で、死ぬことを厭わない生ける軍神達ともいうべき存在ですが
 目標に到達する以前に、航空機の不調で命を落とすものが何名かおりました。
 無念と感じたことでしょう。
 だが、君の技術によって、任務に向かう途中での事故を防ぐことが可能となり、
 皆感謝しておりました。
 彼らになりかわりに私から御礼申し上げます。」
私は、全く予期しなかった言葉に、言葉を失い呆然とした。
自分の製造した部品がこうして使われるとは、今の今まで考えたことはなかった。
一部とはいえ製作に携わった多くの航空機に搭乗し散華された方々の体温を不意に感じた。


整列した彼らは、ほんの少量日本酒が注がれた杯を手にした。
そして彼らが飲むものと同じ液体で満たされたコップが私にも手渡された。
「これは、若櫻という地元の小さな酒造会社が醸した酒です。
 お口に合うかどうか知りませんが、
 彼らと同じものを渡すよう申しつけられております。
 ここで彼らの出発に立ち会うの何かの縁でしょう。
 任務成功を祈念し、どうぞ飲み干してやって下さい。」
自分の技術が評価され、それを誇らしく感じた己の浅はかさを責めた。
「私などは、命を賭けて戦われている方々と同列に扱われるなど恐れ多いです。」
「いいえ、国民一丸となって遂行している聖戦に、戦場と銃後の別はありません。
 そもそも、我々は等しく陛下の赤子です。
 それぞれが果たす任務に軽重などあろう筈がありません。
 これからも研究に一層励んで下さい。」
私は、違うと思った。命を賭けて、いや、命を捨てることを前提に死地に赴く彼らと
工場で旋盤を回す自分らが等しい存在である訳ががなかった。


自分でも気が付かない間に、涙を滲ませていたのであろう。
「さあ、笑って見送ってやって下さい。
 今の君がしなければならないのは、それだけです。」
と私は将校に諭された。
整列した彼らは、私たちの存在に気づいたようだった。
彼らは戦場に赴く人間としては不釣り合いに爽やかな笑顔をこちらに向けた。
「・・・・・・。」
彼らは何か叫んだようだが、その言の葉は、私まで届くことはなかった。




(続く)