トマソン選手の話


それはある握手会でのことである。
D国というチームは練習を公開し、W県民との交流を積極的に行った。
練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い
握手会、サイン会もたびたび行った
あの日も、いつものごとくサイン会が行われた
気さくなD国の選手たちを県民も大好きになった
あの日もD国の選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた
気軽にサインをするD国の選手たちのなかに、T選手もいた。


T選手の前にある少年が立った
彼はT選手の前に立ちつつも、少しモジモジしていた
後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す
「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた
T選手も少し「変だな」と思ったのでしょう
通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた
意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、T選手に渡した
それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという
英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった

「ボクは小さいころに、病気にかかって口と耳が不自由です
 耳は聞こえません、話せません
 だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです
 D国のs選手とT選手が好きです
 頑張ってください」


その手紙に通訳も、その場にいた我々記者も驚いた
言葉が出なかった
だが、T選手はニッコリと微笑み少年に
「それなら君は手話はできますか?」と、手話で語りかけた
その『言葉』に驚く少年と母親
再度聞くT選手「手話はわかりませんか?」と
それを見ていた私は、T選手に英語で言った
「ミスターT、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った
手話を万国共通と思う人が多いのだが
国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う
「そうだったのか」という顔をしたT選手
そして彼は通訳にこう言った
「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と
微笑んで「わかりました」と答える通訳
T選手は「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」とも言った
後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった
一言も文句を言わなかった
彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう


そして通訳を介し、少年とT選手の『会話』が始まった
「君はサッカーが好きですか?」
「はい。大好きです」
「そうですか。D国を応援してくださいね」
「はい。あの聞いていいですか」
「いいですよ。何でも聞いてください」
「T選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」
この少年の質問にT選手は答える
「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます
 その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・
その彼の言葉をじっくりと読む少年


そしてT選手は少年に言った
「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが
 君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています
 君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」
この言葉に黙ってうなずく少年
「わかっているなら、オーケー!
 誰にも辛いことはあります。君にもボクにも
 そして君のお母さんにも辛いことはあるのです
 それを乗り越える勇気を持ってください」とT選手は言った
このやり取りに涙が止まらない母親
この光景を見ていた我々記者も涙した
その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した
そして、T選手は最後に少年にこう言った
「ボクは今大会で1点は必ず獲ります
 その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように
 ボクは祈っておきます」


この言葉に、この少年は初めて笑顔を浮かべた
「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った
そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親
ボクの取材に母親は目に涙を浮かべて言った
「あんなことされたらD国を応援しないわけにはいかないですよ
 日本と試合することになっても、私らはD国を応援しますよ」と
涙を流し、笑いながら言った


大会に入り、D国は予選は突破したものの、決勝トーナメントで
E国に0−3という予想外のスコアで敗れてしまった
負けはしたが、w県民はD国というチームを誇りに思っていた
「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった
だから、彼らによって「D国お疲れさま!会」なるものが宿泊先のホテルによって仕切られた
そこに駆けつける多数のw県民
会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた
その催しに「ありがたいことだ」と言ったO監督
もちろん選手たちも全員出席した。あのT選手もその場にいた
そこでT選手は『あの少年』を見つけた


少年と母親の元に、通訳を携え近寄るT選手
T選手の姿に気づいた母親は頭を下げる
少年はT選手へ笑顔を向ける
そして、T選手は少年にこう語りかけた
「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた
これに少年は答える
「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです
 それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と
「ありがとう」と言うT選手


そして、この少年にT選手は言った
「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。
 よく聞いてください」
「はい」
「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている
 それは神様が決めたことであり、今からは変えられない
 ボクが言いたいことわかりますか?」
「はい」
「神様は君に試練を与えたけど、
 君にも必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです・・・
 そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とT選手は言った


この言葉に少年は笑顔満面の顔でT選手に「はい」と言った